末弘厳太郎(いずたろう)

「法」がむやみと厳重であればあるほど、国民は嘘つきになります。卑屈になります。「暴政は人を皮肉にするものです」。しかし暴政を行いつつある人々は、決して国民の「皮肉」や、「嘘つき」や、「卑屈」を笑うことはできませぬ。なぜならば、それは彼ら自らの招くところであって、国民も又彼らと同様に生命の愛すべきことを知っているのですから。とにかく、「法」がひとたび社会の要求に適合しなくなると、必ずやそこに、「嘘」が効用を発揮し始めます。
-[1888-1951] 社会法学者 末弘厳太郎(いずたろう)「嘘の効用」より-

末弘厳太郎は日本を代表する法学者です。この人の父も末弘厳石(げんせき)という判事でした。息子に厳太郎、いわゆる厳(きび)しい太郎とつけるあたりいかに厳格な父上であったかがわかりますねえ。開成中、一高、東京帝大という絵に描いたようなエリート道まっしぐら。しかしここからがいまどきのエリートとは違って民衆の法とはなにかを考え続けた人なんですねえ。法を利用して悪いことする人の多い中、倫理が服着て歩いているような人です。今日の一言だって、法学者らしからぬ平たい文章でとても読みやすくわかりやすい。「誰を対象に」書いているのかあきらかですな。しかし、問題は厳太郎が活躍した時代から半世紀以上になっているのに、世の中は厳太郎の危惧したとおりになっている。耐震偽装。みんな罪をなすりつけあっている。法が悪いといわんばかりだ。今や「嘘が効用を発揮し始め」て、誰もがみんな嘘つき社会になっている。人間のつくる社会ってこんなものなんだろうか?人間以外で「法」など持っているものは誰もいないのに、じつにうまくいっているように見える。まあ法のない動物は「食うか食われるか」の世界を生きているわけだし、それを否定する人間社会にこそ矛盾があるのかな。だから戦争なんかでたくさん人を殺して帳尻を合わせる必要があるんだろうな。

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