ジョン・ミルトン

盲目が惨めなのではない。盲目に耐えられない人が惨めなのだ。
-[1608-74] 英国の詩人 ジョン・ミルトンの言葉-

ジョン・ミルトンといえば「失楽園」。バイカー修ちゃんも失楽園は多かった。まあ、フラれっぱなしですが・・・。よく自分のことを責任転嫁する人がいるよね。できなかった理由を「なにかのせい」にする人。おれが昇進できないのは学歴がないからだとか。子供の成績が悪いのは夫に問題があるとか。まあいろいろですねえ。ミルトンは明確に答えています。「耐えられない私」が惨めなのです。失楽園ではないですが、別れは突然やってきます。母との別れ、友人との別れ、恋人との別れ。それが死であればあきらめもつきましょう。しかしそれが恋の別れとなれば、心中穏やかならず!ってなところでしょう。うんうん。これは辛い。辛すぎる。人間たるもの誰だって失恋の経験はあるでしょう。バイカー修ちゃんへの相談もこれが多いんだ。恋愛って不思議だ。本当は恋と愛は分けるべきなんだろうけど、カタいこというな。客観的な相談だと、偉そうなことがいえるんだ。「いくら心が痛んでも、時が解決するよ」ってな具合にね。でもねこれが当事者だとそうはいかない。女性の心はあっという間に変わるもの。もうその態度はつい先日の顔とはあきらかに違っている。言葉と言葉の間にただようこの経験したことのないよそよそしさに二度と戻らない関係を知って愕然となる。そうでしょう?でもね。それは失恋が惨めじゃないのだ。その「自分が招きおこした失恋に耐えられない」自分自身が惨めなのだ。決して彼女が悪いわけじゃないんだよ。悪いのはそう・・自分自身なんだ。彼女はその非を自分の犠牲を持って教えてくれているのだ。感謝しなければ。

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