D・H・ロレンス

気をつけるんだぞ、親愛なる若者よ、腐っていくことに。先例に習うのは、いとも容易い。三十代の人々は、それ以上の人々とても同じだが、すでに内側から腐っている果物のように誰も食べなければ誰も欲しがらぬ、だから腐る。だがしかし、腐っていることを忘れてもらえるわけではないのだから。
-[1885-1930] 英国の小説家・詩人 デーヴィッド・ハーバート・ロレンス「気をつけるんだぞ、親愛なる若者よ」より-

ロレンスの詩、バイカー修ちゃんは大好きです。この人の感性っていうかな、ものの捕らえ方がすきなんだよね。英国人らしい繊細さなのかな。日本人にわかりやすい。たとえば「木の枝から凍えて地に落ちる鳥、その鳥に自分をみじめだと思う気持ちはない」とかね。これは、哀れとか可愛そうとかいう感性の領域は動物にはないからね。人間のみが持っている感覚なんだね「感性」って。まるで、三次元のものを四次元の視点で見るようなものだろうな。この感性があるからこそ、人間が他の動物とは違うという大きな根拠になるのだろうし、慈愛も生まれる。しかしながら、この感性があるからこそ、迫害も生まれ憎悪も生じるという二面性をわすれちゃいけないと思うぞ。「地球の全体最適」から考えればこのような感覚はないほうがうまくいくんだろう。しかし、なぜ神はこのような感性を人間に与えたんだろう?この大宇宙は一定の法則が粛々(しゅくしゅく)と流れている。なのにそれに一喜一憂する人間は逆らい、反抗し、破壊の限りをつくす。しかし、それを愛し、憂い、嘆きもするんだ。なんて複雑であいまいで身勝手な種なんだろう。人間って。こりゃ偉大なる傑作か、壮大な駄作のどっちかだ。ピカソやダリの絵画みたいなもんだな。見る人によって評価が天と地くらい差がある。でも恐らく人間に生まれるなんてもう二度とないだろう。確率的にもね。なら一生を懸命にいきようじゃないか。一所懸命と言ってもいいかな。ねえみなさん!

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