パール・バック

どんな大きな過ちでも、そこに至るまでに、過ちに気付き、時には過ちを正すことが出来る瞬間があるものです。
-[1892-1973] 米国のノーベル文学賞受賞女流小説家 パール・サイデンストリッカー・バックの言葉-

もうひとつパール・バックの言葉を紹介しよう。昨日も言ったように、パールには障害があるお嬢さんがいたんだよね。これが原因で彼女は離婚も経験している。彼女はその苦しみ、そう・・一生続く苦しみに前向きに、決して逃げずに向かったんだと思うんだ。その鬱積(うっせき)したエネルギーが「大地」などに現れたんだと思う。「大地」を初めて読んだのは、中学生の頃だった。親子三代の大河ドラマで極貧から富裕層へと成り上がり、堕落していく家族、それぞれの道を歩む息子。長い小説だったけど、学校もサボって読んだものでした。(おかげで中学生にして出席日数が足りなかった)思えば、清朝から国民党政府の樹立という時代背景がとてもわかりにくくて、そのあたりはすっとばかして親子のドラマだけを読んだ気がするな。でも中国の歪んだ歴史に興味を持ったきっかけでもあったなあ。今思うと、アメリカ人だからあんな醒めた客観的な物語が描けたんだと思う。それと、パール自身が悩む中で、中国人の苦しみを共有できたのかもしれない。富の消費こそ、その個人、一族、国民の文化と教養が現れるものだろう。であれば、国民が一様に豊かになっていく過程で不幸もまた芽生えていくのは仕方のないことかもしれない。王龍(ワンロン)も、豊かにさえならなければ妾(めかけ)なんかを家に連れ込まないで済んだのかもしれない。人の豊かさってなんなのだろう?会社を経営して、見たこともないお金を扱うようになって、いつもそれを考えているんだ。

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