ジョモ・ケニヤッタ

白人がアフリカにやってきたとき、われわれは土地を持ち、彼らは聖書を持っていた。彼らはわれわれに目を閉じて祈ることを教えた。われわれが目を開いたとき、彼らは土地を持ち、われわれは聖書しか持っていなかった。
-[1889?-1978] ケニヤの独立運動リーダー・初代大統領 ジョモ・ケニヤッタの言葉-

ジョモ・ケニヤッタってたぶん知っている人はほとんどいないだろうな。ケニヤ建国の父であります。あとはネットでも情報があるから見てみてね。ここでケニヤッタが言っていることは、当時のヨーロッパ人の戦略を単純な言葉で明確に言い表していることだ。彼らはまず「キリスト教」の布教者としてくるんだね。この宣教師たちはたしかに崇高な意志で純粋に布教しに来たと信じたい。だって命がけなんだもの。ちなみにこの苦労を表現した遠藤周作の名作「沈黙」はマーティン・スコセッシが映画化するんだってね。これには大変驚いた!でもバチカンと国家は複雑にからんでいたので、この布教が植民地戦略と密接にかかわっていたのは明白だ。日本でも昨日NHK「その時歴史が・・」で「島原の乱」があったけど、キリスト教が日本を植民地化しようとしていた意図は明白だろう。まあ・・大声ではいえないけどさ。宗教は必要だ。でも歴史的事実を曲げることはできない。ケニアのように彼らを受け入れた国は植民化され、キリスト教的世界とはかけはなれた世界になっちゃった。日本では秀吉も家康も家光もその真意を見抜き、苛烈なまでの排除対策をとったんだ。たしかに悲劇だね。食えない農民から過酷な年貢をとった政策のあやまちも大有りだ。でも結果的に今、わが国が独立を保てているのはこのような政策があったればこそだからだろうな。世の中に正義と悪なんてないのだ。それは相手から見たらまったく逆になる。故に、神とデウスは表裏一体。光と影。悪魔なくして神の概念はないのだろう。そしてその両方を持つ人間は神の傑作か駄作なのか・・。神のみぞ知り、人間だけが知らない。

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