ジェームス・B・コナント

亀を見よ。前進するのは首を出した時だけだ。
-[1893-1978] 米国の化学者・ハーバード大総長 ジェームス・B・コナントの言葉-

ジェームス・B・コナントっていう人はハーバードの総長というより、原爆製造の「マンハッタン計画」の中心人物だった人だ。1942年12月2日に世界初の「原子炉CP-1」で核の臨界実験が成功したんだ。これは当然「極秘」中の極秘であったわけで、その成功の暗号文が「イタリア人の航海士が新大陸へ達した。現地人は友好的だった」という文で受け取ったのはこのコナント博士なのだ。この「原子炉CP-1」で生成されたプルトニウムで造られたMk.3型原子爆弾「ファットマン(でぶっちょ)」が1945年8月9日、暑い晴れた日の長崎に投下されたのだ。まったく1941年12月8日にハワイの真珠湾を奇襲攻撃した日本海軍が「トラ・トラ・トラ(ワレ奇襲ニ成功セリ)」という暗号文を打電した一年後にはなんと!アメリカでは世界初の原子炉が建設されていた・・。その3年後には原子爆弾まで・・・。アメリカっていう「亀」は世界中の科学者を集め、「原爆」ってエサめがけて首をにょっきり出して前進したわけだ。なんで人間って「破壊」っていうルシファーには目の色を変えるのでしょうか。しかしコナント博士は黙々と「科学の進歩」に貢献してハーバードの総長になられたってわけだ。まあ、長崎人として科学技術の実験成功のために10万人の犠牲を出した事に関するコメントを聞いてみたい気もする。これってナチスの元でユダヤ人を使って医学の進歩に貢献された医学者とどう違うんでしょう?

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