星野富弘

いのちが一番大切だと思っていたころ 生きるのが苦しかった。
いのちより大切なものがあると知った日 生きているのが嬉しかった。
見ているだけで何も描けずに 一日が終わった。
そういう日と  大きな事をやりとげた日と  同じ価値を見いだせる心になりたい。

-[1946-] 群馬県出身の手足が不自由な画家・詩人 星野富弘「鈴の鳴る道」-

昨日は沖縄で講演をする機会をいただきました。今朝朝一で観光もせずに長崎へ帰ってきました。これからお仕事です。講演後の質問で、「バイカー修ちゃんはなぜ、不安定な方向に会社をすすめるのですか?不安ではないですか?」って質問を複数いただきました。確かに僕の持論は「今、収益が上がっている部分が最もあぶない」です。人生は「揺らいで」います。自然界に「安定」なんてありえません。それは幻想です。星野富弘の詩にもよくあらわれている。彼は首から下が不自由だ。それも自分の過失で。辛くて死にたいと思ったに違いない。身体が「モノ」にかわる人生って想像もつかない。しかし、彼は絵を描き、詩を書くことで決して一人では生きていけない現実の世界に平安をみいだしている。これはすごいことだ。「いのちが一番大切だと思っていたころ 生きるのが苦しかった。いのちより大切なものがあると知った日 生きているのが嬉しかった。」死んだらすべてがおしまいだと教えられた僕たちは、いとも簡単に自分を他人を死においやる。もうけがすべてだと言い放つ経営者は一瞬にしてすべてを失う。これは現代の教育の過失ではなかろうかとバイカー修ちゃんは思う。沖縄からの帰りの飛行機の中で、中二の息子が読んでいた本を読んでみた。タイトルは「天は人の上に人をつくらず」安野光雅だった。「弱い者をいじめるなんて、それはとても卑怯なことだ」というところにアンダーラインがひいてあった。ちょっと感動した。

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