アガサ・クリスティー

仮定とは危険なものである。
-[1890-1976] 英国の推理小説作家 アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティーの言葉

ミステリーの大御所、アガサ・クリスティの言葉です。この言葉の真意はわからない。アガサは一度失踪事件をおこしていることは有名だ。乗っていた車が見つかって殺人事件か?と騒然になった。結局、見つかったんだけど、真相は謎のまま。夫とは離婚している。なんでもそうだけど、「仮定」をたてると、それを起点に話はすすむ。この仮定いかんによっては大変な結果にいたるという危険を伴う。アガサ的に言えば、「夫が私の財産を狙っているのではないか?」という仮定をたてる。すべて日頃の行動がうそに見えてくる。夫には愛人がいる(確証はなくてもそう思い込む)。私は命を狙われている。云々・・。こんなこというと病気だと思われることうけあいだけど、いるんですよ。こういう人。私は実際に知っている。自分はストーカーにいつも付け狙われていると思い込んでいる人がいる。いやもしかしたら事実かもしれないけど。どうにも異常に見える。この前ある用件で警察署に行ったときのこと(別に悪いことしたわけじゃないよ)受付に、身なりのいいご夫人が毛筆の長文の手紙を広げながら「私は狙われているのです」って大きな声で力説していた。もう警察署の人もほとほと困ったって顔で話を聞いていたけど・・、世の中にはまちがった「仮定」によってとんでもない結論を出しちゃう人がけっこういるんだよねえ。経済人にもいるでしょう。「会社は株主のためにある」って仮定して行動する人が。本人はいたって真面目に考えて行動しているからたちが悪い。「仮定」そのものもよーく吟味しなきゃね。

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