ヴィクトール・ユゴー

ある種の思考は祈りである。身体の方がどんな態度を示そうと、魂の方はひざまずいている場合がある。
-[1802-85] フランスの詩人・小説家 ヴィクトール・ユゴーの言葉-

深い言葉だねえ。どんな場面を想像してユゴーがこの言葉を言ったのかはわからない。でも、ビジネスの面ではこれはよくわかる。商談をしていると、どんなに自信のある態度をとりつくろっても、心の中は相手の出方に縛られている。もう受注を祈っているんだけど、口ではそうは言っていない。こんなことってないですか?恋人や愛する人を疑って、きついことを言ってはみても、心の中は祈っている。こうなったのは自分のせいではないか?と魂はひざまづいている。これって個人でもそうだし、国と国の交渉でも言えると思うぞ。日本だって神風攻撃までして徹底交戦を行ってはいても、ソ連を介しての停戦工作を水面下ではやっていた。うまくいくはずもないんだけど。「進め!一億火の玉だ!」なんてスローガンなんかほとんど祈りっていうか呪文だな。「格差反対!」って叫んでいるけど、みんな心の中じゃ人と差別化したい欲望を持っている。金持ちを憎んでも、自分が金持ちになったら貧乏をさげすむもんだ。人間って本当に矛盾してるよねえ。人間ほど美しいものもなし、人間ほど醜いものもなし。

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