柴田勝家

夏の夜の 夢路はかなき跡の名を 雲居(くもい)にあげよ 山郭公(やまほととぎす)
-[?-1583] 戦国武将 柴田勝家 北ノ庄城にて織田信長の妹 お市 との自刃の際の辞世の和歌-

悲しい辞世の句だねえ。かつての部下だった秀吉と本能寺の変で御屋形(おやかた)さまの信長が明智光秀のクーデターで亡くなって立場が逆転。秀吉に討たれることになってしまった柴田勝家。秀吉の姓「羽柴」の柴は柴田勝家からもらったもの。柴田勝家は燃えさかる北ノ庄城にて、愛妻お市の方と亡くなるんだよね。悲しいなあ。明日はお市の方の辞世の句を教えるね。この武人としてはあまりにロマンティックな句に答えるものになっている。キーワードは郭公(ほととぎす)だね。不如帰とも書くな。辞世の句を残すっていう習慣がなくなって久しい。夫婦でのこすっていうのは明治天皇の崩御(ほうぎょ)にともない後を追った乃木大将ご夫妻の例があるね。これはまた別に紹介するね。大体辞世の句は生前に書いておくものなんだそうだ。自分の死を考えて歌をのこすなんて美しいと思うな。こうまでやると死に際に見苦しいことはできなくなるだろう。今は「死んだらおしまい」って考えなので死に際の見苦しい人がいっぱいいる。燃える城でこんな美しい思いをホトトギスに願いつつ猛将勝家は腹かっさばいて壮絶な死に様だったという。時の「覇王(はおう)」信長の美しい妹、お市さまも自刃(じじん)して後を追った。この二人の人生に涙を禁じえません。「夏の夜の 夢路はかなき跡の名を 雲居にあげよ 山郭公」・・・「さらぬだに 打ちぬる程も夏の夜の 夢路を誘ふ 郭公かな」・・・涙、涙です。朝っぱから・・・。

月別 アーカイブ