陸奥宗光

政治なる者は術(アート)なり、学(サイエンス)にあらず。故に政治を行ふの人に巧拙(こうせつ)(スキール)の別あり。巧みに政治を行ひ、巧みに人心を収攬(しゅうらん)するは、即ち、実学実才ありて広く世勢に練熟(れんじゅく)する人に存し、決して白面(はくめん) 書生机上の談の比(ひ)にあらざるべし。
-[1844-97] 紀州和歌山藩出身の政治家・外交官 陸奥宗光の言葉-

ちょっと最近、日本の幕末から昭和にかけての偉人の名言を載せているんだけど、読者のみなさんちょっとひいてるなあ・・と肌で感じるんだよね。ってところでまたまた幕末・明治の偉人陸奥宗光です。この時代ってわかりにくいからなのかなあ。龍馬や西郷さんのような別格は別としてあまりウケないようです。でもね、この人は世界にデビューしたアジアの発展途上国、日本を植民化しようと画策していた英国をはじめとした当時の列強に不平等な条約を改正させた人なのだ。バイカー修ちゃんも大好きな「竜馬がゆく」での竜馬の片腕、陸奥陽之助(後の宗光だな)のイメージをもつ人も多いと思うぞ。今年、バイカー修ちゃんは栃木県に講演で行ったとき渡良瀬川を見た。渡良瀬川といえば足尾銅山の鉱毒事件(日本で大問題になった最初の公害)。このことは地元の人からも説明を受けたんだ。これをもみ消した不名誉な一面もこの陸奥宗光にはある。でもね、政治家も人間だもの。聖人君子じゃないよ。明治は非常時の時。この時代の人はひとくせもふたくせもある人物ばかりだよ。伊藤博文だって不倫スキャンダルがあったし、岩倉具視だってなんか怪しい。龍馬にいたっては破天荒だ。大望をもってひとつのことをやりとげる意志と力こそ評価されるべきだろう。この「大望」が平成のヒルズ族あたりは私利私欲優先で怪しげなんだ。まあこの陸奥宗光も波乱万丈の人生だけど、夫人の亮子さんは「鹿鳴館の花」としてそれは美しい。宗光もイケメンだしもてないはずはない。53年の人生を太くたくましく生きた愛すべき男の人生だと思うぞ。

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