ベンジャミン・フランクリン

人間の幸福は、稀にしかやって来ないような幸運の大きな部分によってつくられたのではなくて、日々生まれるわずかの利益によってつくられるのだ。
-[1706-90] 米国の政治家・文筆家・外交官・哲学者 ベンジャミン・フランクリンの言葉-

日々生まれるわずかの利益、ぱっと思い浮かぶのは子供とのひとときだね。毎日顔を見て話すこと。もう上の中三の男の子は他県の寮に入っているので、よくても週に一度しか会えない。これが辛い。思春期の悩み多きときにそばにいてやれない。子供に夢と理想を託すのは親の常なんだろう。それは当然だよね。自分を超えてほしいし、子供は父親の肩の上から世界を見ることができる。父を超えて当然だという気持ちもある。でも今中三の息子を見るときに「今の自分自身」の立場・考えで見ていないだろうか?自分が中三だった時代。成績も最低に悪く、学校へは行かず、保護観察がついて家庭裁判所に行っていた自分、学校も行かず映画館で映画ばかり見ていた自分っていうことを自覚して子供を見ているだろうか?思春期に親を恨み周りを恨み、うまくいかないのは全て他人のせいにしていた自分を覚えているだろうか?今、聖人君子のような「正論」を子供にかざしていないだろうか?「やりぬくことが大事だ」なんてだれも反対できないようなことを言っているとすると、自分はそれを実行しているのか?子供は全ての矛盾を見抜くといいます。しかし・・バイカー修ちゃんの子供は悩みは多いけど、僕の子供時代にくらべたらずっとましです。毎日、子供との少ないふれあいで幸せを感じ、「二度と戻らない日々」なのだと自分に言いきかせています。ほんの小さな幸せ、否、心を痛めるできごとですら幸福なんだと思えるようになりました。

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