夏目漱石

吾輩は猫ながら時々考えることがある。教師というものは実に楽なものだ。人間と生まれたら教師となるに限る。こんなに寝ていて勤まるものなら猫にでもできぬことはないと。それでも主人に言わせると教師ほどつらいものはないそうで彼は友だちが来るたびになんとかかんとか不平を鳴らしている。
-[1867-1916] 小説家 明治38年10月6日初版(1905年)夏目漱石「我が輩は猫である」より-

昨日に引き続き、夏目漱石でいっちゃおう!昨日の「こゝろ」(最近は「こころ」って書いてあるな)はちょっとテーマが重かった。いつも来てくれるPeace4Uサマ(http://ch02083.kitaguni.tv/)も読まれたそうだぞ。まあ晩年になるとテーマが重くなることはよくあることで、晩年になるほど明るくなるピカソなんかはだから天才なんだろう。おっとっと、脱線。その漱石の明るい路線の代表がこれ「我が輩は猫である」である。しかし、有名なわりにこれや「坊ちゃん」を読んだ人を意外と知らないんだ。「こころ」はバイカー修ちゃんの世代は学校の指定になってたんでけっこう読んでいるんだな。でも「我が輩~」や「坊ちゃん」を読んだ人は少ないんだな。しかし、この教師も漱石が松山で教師をやってた経験から「我が輩」にこうしゃべらせているんだろうけど、今じゃ教師は大変だ。子どもと戦い、モンスターペアレンツと戦い、セクハラと戦い、パワハラと闘っている。まるでK-1の魔裟斗状態だ。結局地域の「神経医療センター」の常連さんになっちゃうケースが多いんだよな。教師に対する尊敬の「こころ」とか、謙譲の美徳などというものはこの国に無くなってしまったんだろうか?まあ、バイカー修ちゃんの子どもの頃は、国旗掲揚はダメだとか、「君が代」は歌うなだとか、「日本はとんでもない国です」って社会の先生が教えていたものなあ・・。天にはいたツバは自分に落ちてくるっていうもの。バイカー修ちゃんは「ゼロ戦はやと」とか「紫電改のタカ」で育った軍国少年だったので、「赤い先生」のワナに落ちなくてすんだんだ。この被害者が今モンスターペアレンツとなってるわけです。しかし、我が輩に言わせると当時から教師は不満をもらしていたそうで、いったいどんな不満だったか「我が輩」に聞いてみたいと思うぞ。

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