スタンレー・ウォシュバン

大きな仕事よりも、寧(むし)ろ人格によって、その辞世に非常な貢献をする人物が三十年に一度か、六十年に一度位、出現することがある。
-[1878-1912] ロンドン・タイムズ」の記者スタンレー・ウォシュバン著『乃木大将と日本人』より-

彼は乃木大将の従軍記者だった。この古武士のような小さな将軍に感動し、世界中に乃木を知らしめた。どこの国でも国家存亡の時や隆盛の時にはこのような人物が出てくるんだろう。乃木大将はたしかに仕事の出来栄えでは厳しい評価もあるかもしれない。また、天皇の後を追って夫婦で自害するなんて、大正の世でも異常なことだった。これもまた、厳しい評価だった。ところが!「近代的」(であるはずの)英国人記者はなんと、その感動を書いている。強烈な思いは「個人」の心に訴える。イデオロギーの違い?宗教?関係あるかっての!そんな集団的なイデオロギーなんて、「無責任な集まり」にすぎない。勝手な声の主張のみだ。責任なんて取りやしない。思いつめた心は集団ではなく個人に心に訴えるのだ。狂人?乃木大将をそう評価する人もいるかもしれない。しかしだね、ゴッホはホンモノの狂人だったんだよ。狂人の描いた絵に何人の人々が感動したんだ?センシティブってのは狂人と常人の境目にある。見えないものが見えるんだ。そしてわれわれ凡人は、見るべきものが見えないんだ。乃木の崇高な心は、行動とともにある種感動を生み、理不尽なゆえにそうはなれない大衆にジェラシーを感じさせたのだ。

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