トーマス・E・ロレンス「アラビアのロレンス」

アラブの反乱はアラブ人が独立を望んだために起こったのだ。イギリス国王の臣下に、あるいはフランスの市民となるために、命を賭して戦ったのではない。彼らの目的は自分自身の戦いに勝利することにあったのだ。
-[1888-1935] 英国の軍人「アラビアのロレンス」 トーマス・エドワード・ロレンス 新聞に寄稿したロレンスの手記より

バイカー修ちゃんの永遠のヒーローに「アラビアのロレンス」と呼ばれた、トーマス・エドワード・ロレンスがいます。中学生のときにテレビの洋画劇場でデヴィッド・リーン監督ピーター・オトゥール主演の映画を観て衝撃を感じ、何度も何度も観ました。3時間以上もある「超」大作で、それがきっかけで中東情勢に興味を持つようになったんだ。このロレンスという人、じつに不思議で謎の多い人物だ。その理想主義的でアラブ(今のイラクあたりだな)を擁護する発言、つまり自分の母国英国の政策を批判する今日の発言なんかはすばらしい人物だし、それを映画化した英国のふところも実に深い。しかし英国はロレンスの夢を実現はしなかった。狡猾でうそつきで例によって力づくだ。これが遠因となってアラブ諸国の欧米不信のエネルギーは爆発し、今のイラク戦争をはじめ多くの問題のモトになっているんだ。アラブの人々も世界ではじめて「文明」を生んだメソポタミアの人々なのに、5000年前から彼らが文明を謳歌(おうか)したころは北方の野蛮人だった連中に今攻撃されてるってわけだ。ロレンスは歴史学者だったからそのへんをよーく知っていた。だから敬意をはらって接したんだ。やっぱり知識は品格の源だ。円周率を「3」で計算させる人たちに子どもの教育をまかせちゃおけない。歴史を学ばず、経済だけで「今」を判断する連中に政治なんかまかせられない。でもそんなロレンスは英国じゃ変人だ。今じゃえらそうな英国人も当時は、植民地政策でカネ儲けしか頭にない今のどっかの島国商人国家と似たようなものだったのだ。冒頭言った彼の謎はいろいろある。彼は女性にまったく興味を示さなかったという。倒錯した性癖だったという人もいる。そして彼は・・・、ライダーなんだ。「ブラフ・シューペリア」って当時世界最強・最速のバイクを何台も乗り継いで異常なスピード狂だった。70年も前のバイク・タイヤ・舗装もいいかげんな道で実に「150キロで走った」なんて言ってる。この異常なスピード狂ぶりと、当時はさすがの英国も一般人ではとても高級バイクなんて買えなかった中で彼は何台もこれを乗りつぶしている。まるで何かから逃れるように・・・、そして1935年5月13日、そのときはやってきた。自転車の少年を避けようとして、彼の「ブラフ・シューペリア」は大破し彼の人生も終わった。

月別 アーカイブ