ヴィクトール・E・フランクル

未来には、あなたによって生み出される何かが待っている。人生は、あなたがそれを生み出すことを期待しているのだ。もしもあなたがいなくなれば、その何かも、生まれることなく消えてしまうのである。人生は、あなたがそれを生み出すのを待っているのだ。そうだ。人生に期待するのは間違っているのだ。人生の方が私たちに期待しているのだ。
-[1905-] ユダヤ系オーストリア人の実存主義的心理学者 ヴィクトール・エミル・フランクル著 「夜と霧」霜山徳繭訳みすず書房より-

まだフランクルを読んでいる。先般亡くなった古賀武夫先生を引きずっている。優秀で有望な将来を「恵まれぬ人への愛」と現実の金繰りに苦しみつつ、人生をまっとうした古賀先生。今日も、親しい友人と人生を語りあった。僕は一日中「人生」とは何かを考えている。人間には「いい人」と「悪い人」がいるんじゃない。多くの人がそう思っていることにまちがいの元がある。どんな人にも「いい面」と「悪い面」があるのだ。つまり心の中は、「水戸黄門」と「悪の越後屋」が同居してるんだ。功と罪と言ってもいい。スタンダール的に言うと「赤と黒」だね。そしてこの「功」と「罪」はバランスしてるんだね。すばらしく人情味のある「いい人」がいる。彼は往々にして、金銭にルーズだったりする。欠点のほとんど見当たらない人は、存在感もうすい人が多い。「毒にも薬にもならない」って人だね。バイカー修ちゃんはって?おさっしのとおりすごく欠点だらけの「落第人間」です。こんな欠陥人間の私にいったいなにができるというんだろう?・・・って悩んだことはありませんか?「私なんて・・」とふと、思ったこと・・あるでしょう?自分の人生になんか期待できない!よくみんなそう言います。フランクルの「夜と霧」には善良な普通の人々が、「ただユダヤ人」というだけで、消耗品のように処分されていきます。それでも彼らの中には、人生をまっとうしようとする人がいる。フランクル自身がここで悟りを得るんです。「人生に期待するのではなく、人生の方が私たちに期待しているのだ」・・と。なるほど「神の見えざる手」か。期待されている人生に、僕らは行動で返そうじゃないか!古賀先生、こういうことだったんですね。「しのごの言わんちゃ、はよ動け!」とは。考えたってわかるかい!考える前にとにかく行動だ。結果はあとからついてくるさ。思いがけない大きな結果がね。それは毎日の小さな積み重ねにあるんだ。僕のブログの更新みたいにね。

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