ハーマン・メルヴィル

不遇はナイフのようなものである。刃をつかむと手を切るが、把手(はしゅ)をつかめば役にたつ。
-[1819-91] 米国の作家 ハーマン・メルヴィルの言葉-

ハーマン・メルヴィルといってピンとくる人は、文学青年だった過去をもつだろう。「白鯨」の作者だね。あのモービィ・ディックという白いマッコウクジラを執念で追うエイハブ船長の物語だ。バイカー修ちゃんはこの有名な物語を知ってる人はたくさんいても「読んだ」って人をいまだに知らない。ま、名作小説ってのはそんなものだろう。しかしけだし名言とはこういう言い回しをいうんだろうな。今日もバイカー修ちゃんは社員さんの個人面談を行った。がんばりやさんの男性社員と3時間、二人で話した。彼は今、身体の不調を悩んでいる。当人からすると大変な悩みだろう。それは痛いほどわかる。彼は今、彼自身に降りかかっているこの「不遇」と必死で戦っているんだ。僕には「聞いてあげる」ことしかできない。彼の身になったとき僕はナイフのグリップを掴めるだろうか?思い余ってナイフの刃を掴み、自分の指を切り落としてしまうのじゃないだろうか?人の悩みを聞く、そしてうなづく、それしかできない自分の無力さと、言葉にする空虚さをかみしめて祈るばかりなのだ。病気になって苦しむ人に「人生の意義」をどう説明する?理想を言葉にすれば心の中の「モービィ・ディック」が自己嫌悪という嵐の中を暴れまわる。それを理性というエイハブ船長が挑みかかる・・と思っていたんだけど、立ち向かう勇気を持ってくれた社員を見て、ふと思った。逆だ。理性という鎧(よろい)を着たエイハブ船長という怪物を、自然体で生きる「モービィ・ディック」が人間に回帰させる物語だったんだ・・と。立ち直ろうとする純粋な彼に、「善意」という仮面をかぶったこの僕が自分のよこしまさを気づかされた一日だったんだね。ナイフのエッジを掴んだのはどうやら僕だったようだな・・。

月別 アーカイブ