司馬遼太郎「菊一文字」

「では」と、手にとって、一気に抜いた。

眩むような光芒が、沖田の視野に湧きあがった。

二尺四寸二分。細身で、腰反りが高い。

刃文は一文字丁字とよばれる焼幅の広いもので、しかも乱れが八重桜の花びらを置きならべて露をふくませたようにうつくしい。
-[1923-1996] 司馬遼太郎「菊一文字」より沖田総司が手にした「一文字則宗」のエピソード-

これは、新撰組のイケメンヒーロー、沖田総司(そうじ)の有名なエピソードなんだね。

沖田総司は細身の名刀備前一文字則宗(福岡の刀工なんだね、「のりむね」と読む)を使っていた・・ってのは今では司馬さんの創作だって言われてる。

この鎌倉時代の一文字則宗はすでに幕末の頃でも国宝級の業物(わざもの)でこんなお宝をアブナイ新撰組の隊士なんかに持たせたら、一ヶ月もしない間に刀身は刃こぼれでボロボロだぞ。

カタナは大変デリケートで、テレビの時代劇みたいに刃と刃をカチ合わせたら一発でオシャカだ。

だから隊士は斬り込むたびに刀を砥ぎに出したりして何両もかかってたんだ。

それでも、修復不能の刃こぼれや刀身そのものが折れたり曲がったりして、常にスペアを何振りか持ってたらしい。

「刀代」って手当ても出てた。ナマクラ刀でも3両、業物だと20両から100両もしたそうだ。

当時の米代から換算すると1両=20万円程度だそうだから、こりゃ大金だ。

ところで、その沖田総司はいろいろ使ってんだけど、「加州金沢住長兵衛藤原清光」通称「加州清光(かしゅうきよみつ)」を使ってたって記録がある。

加州はいまの金沢あたりだ。カリフォルニア州じゃないからね。

これが細身で美しい太刀づくりの優美な刀なんだ。

うちの息子嘉一(かいち)が中学校の試験に合格したときに褒美(ほうび)として欲しがったのが「加州清光」なんだ。

沖田総司のファンだからね。当然ホンモノは国宝級なんで買えないので、モデル刀を一振り買って渡した。

刀を欲しがる子どもも珍しいでしょう?

今でも、たまに週末学校の寮から帰ってきたら、しげしげと鞘(さや)から出してながめています。変わった子じゃ・・。

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