ハワード・ストリンガー

21世紀の現在は、テレビ会議システムも、携帯電話も、インターネットもある。飛行機に乗っていても、歩いていてもすぐに連絡をとることができる。むしろ、私はそこから逃げることもできない。
-[1942-] 英国出身 ソニーCEO ハワード・ストリンガーの言葉-

現代のストレス社会が、究極の快適さと最悪の精神的苦痛を生む。
未開の国にネット図書館ができて、子どもたちが自由に本を読めるすばらしさと、どこに行っても監視カメラと、携帯とメールの手から逃れられない社会が混在している。どっちも同じテクノロジーだ。
人間の「希望」と「悪夢」は出どころが同じだ。どっちにもなりうるんだ。
毎日毎日何百通もメールが来て、半日はこれのチェックと返信に追われてる。僕でもこれだからストリンガー会長ともなると気が遠くなるような量だろうな。
そして、片方にはまったく誰からも離れて、ネットの中でも孤独の中で生きている人もいる。
それと、この監視社会、確かに治安は乱れているし犯人逮捕に「監視カメラの映像が決めてになりました」って毎日聞かされたら、これに反対もできない雰囲気だ。
クルマに乗っても、そのうちETCとオービスと監視システムで「あなたは●△地域で24キロのスピード違反を犯しました」ってメールが突然来るかもしれない。
これがスピード違反ですめばいいけど、どこかの誰かが行動を監視するかもしれない。「タスポ」がいつか、「身分証明書」の提示にかわり、これも行動と嗜好記録のログをとられているのかもしれない。
そもそも携帯電話を身につけるだけで、発信電波で位置確認が可能なんだから、国民全体が巨大なGPSでプロットされて、監視されているのかもしれない。いや、ある段階でそうなるのかもしれない。
監視されているのを知りながら、カメラの前で犯罪を犯し、絶望的な「社会への接触」を試みる人もいる。
まるでジョージ・オーウェルの全体主義で監視される近未来世界を描いた小説「1984年」だ。
ストリンガー会長、あなたの会社ソニーは、その時代に近づく製品やサービスを創っているんですよ。
このストリンガー会長の言葉は、かつてソニーの創業者の一人、盛田昭夫氏が、あるフランス人に「日本には文化がない」と言われて立腹し、「あなたは、今ここからフランスにいる奥さんに電話してつかまえることができますか。私はできます。日本ではできます。文化とは、必要とする時にいつでも相手をつかまえることができるということです。」と反論した有名なエピソードへのオマージュだと思っている。
半世紀の時の流れが、あのときの「希望の夢」を現代の「悪夢」に変えつつあるのかもしれない。

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