河村哲夫

政年間――18世紀末における長崎の人口は約3万人で、九州第一の都市であった。それから100年余り経った大正14年(1925年)国勢調査においても、依然として九州第一の都市は長崎市で、人口19万人、第2位は熊本市約14万7000人、第3位福岡市約14万6000人であった。
-[1947-] 柳川出身の郷土史家 河村哲夫「天を翔けた男」より-

さて、8月15日がやってくる。
何の日だ?って聞かれると・・お盆、終戦記念日、決まってテレビは戦争の話題が増えてくる。
靖国神社がどうだら、戦争責任があーだらってね。
バイカー修ちゃんふるさとの長崎では、長崎盆つまり「精霊流し」だね。
さだまさしさんの歌で有名になったこの長崎独特のお盆の風情にはじめて見る人は例外なくぶったまげる。
耳をつんざく爆竹、ドラや鐘の音、そして先っぽにラッパのようなものが付いた「精霊船(しょうろうぶね)」と呼ばれる船の形をしたものに死者の霊を乗せて市内をねり歩き、港で流す・・正確に言うと今は流せないので、船にクレーンで積み込まれて廃棄される。
まあ、内戦でもあってるんじゃないか?ってくらい騒々しい。
普通お盆は静かにするもんだけど、長崎は中国文化の影響が強くて毎年こんなお盆をすごす。
まあ、精霊船は初盆の家が流すんだ。
この伝統を生んだ長崎は、ポルトガルが来航した戦国時代から約400年ものあいだ九州ナンバー1の町だった。
昭和の初期まで福岡よりも熊本よりも大きな町だったんだ。意外でしょう?
当然長崎には豪商が多かった。江戸にないものがこの町にはあったんだ。
だから有名な「長崎くんち」やお盆もハデだった。
長崎人のラテン系ハデ好みはこの辺からきてるんだろうな。
長崎は歴史をみてもハイブリッド(混血)が生まれやすい土壌があった。
だから美人が多いんだよね。
そんな長崎は「和華蘭(わからん)文化」とよばれる。
日本、中華、阿蘭陀のハイブリッド文化のことだね。そこが長崎の魅力だろうなあ。

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