ピーター・ドラッカー

量産社会の後に来た知識社会では、個人の仕事、貢献、成長、自己啓発が中心テーマになる。つまり資本主義の「資本」が変わった。知識資本は個人のものだからである。
-[1909-2005] ウィーン出身の米国の経営学者 ピーター・フェルディナンド・ドラッカーの言葉-

明日、北京オリンピックも終わる。悲喜こもごも、いろんなエピソードを生んだけど、中国にとってこれがどいういう意義があったのか、これから徐々に明らかになるだろう。
バイカー修ちゃんとしては、やっぱりこの国は末期的だなって思った。
あの開会式、ちょっとやりすぎて辟易したね。中国4千年の歴史をアピールしたいのはわかるけど、のっけから「友遠方より来たる~」って論語ときたもんだ。
毛沢東の粛清(しゅくせい)の対象になった論語だよ。過去を徹底して否定してきた共産党が臆面もなく論語ときたもんだ。
チベットの弾圧はあいかわらずだ。この国の指導者には、このドラッカーの言葉は理解できないだろうな。
やっかいな隣人だと思うぞ。話は変わって、今日バイカー修ちゃんの会社は恒例の方針発表会だ。
ホテル事業部の社員は全員参加はできないけど、社員みんなが方針と人生目標を述べる日だ。
少なくともバイカー修ちゃんはこのドラッカーの言葉を信じてる。
今は、知識社会に突入した。機械ではなく人が主役の時代なのだ。
派遣社員問題や、ワーキングプア問題も量産社会から知識社会への移行の混乱期ととらえるべきだろう。
ほんとうによいもの、自分にとって必要なサービス、これを知り実践するには長い時間がかかるだろう。
国の文化はその辺ではかるべきだ。経済指数なんかではかるのは量産社会のなごりだろうな。
伝統文化を一回破壊した中国のツケはいまからくるだろうな。

月別 アーカイブ