藤堂高虎

六尺二寸(188cm) 30貫(約113kg)の御遺骸にはあいたところのないほどに戦場傷があって数えられないほどであった。右手の薬指と小指は切れ爪が無かった。左手の中指も一寸ほど短く、左足の親指も爪が無く、左右の手の残った指の腹には、ふしくれだったまめがいくつもあった。
-[1556-1630] 戦国武将 津32万石藩主・足軽からの大出世男 藤堂高虎 死去の際の記録-

日本一の出世男といえばやはり秀吉だろうけど、この戦国武将藤堂高虎もすごいぞ。
秀吉や信長は一代で滅んだけど、この藤堂家は江戸時代末期まで生き残ったんだ。浅井(あざい)家が信長に滅ぼされたら、羽柴家(後の豊臣家だね)、また寝返って徳川家へ、結局32万石の大大名になった。
これが幕末は、官軍に寝返って徳川家をうつという荒業にでたんだから、過去に縛られないしたたかな人だったんだね。
でもこう言うと世渡り上手に聞こえるけど、ハラの据わった器量の大きい人だったようだ。
外様なのに家康の亡くなる枕元に座ることを許されたり、主君への忠義はすばらしかったようだ。
で、この人の身体がすごいだろう?平均身長150~160センチの時代に190センチ!!そしてこの傷だらけの身体。すごいねえ。こんな人は現代ニッポンにはいないだろうねえ。
まるでターミネーターみたいな人だったんだね~。
命を賭けた戦国時代の人間も、空気みたいに軽い現代の人間も、それぞれの世に順応した結果だってことだね。
また不穏な世の中になったら藤堂高虎みたいな男が出てくるんだろうな。
最後に高虎の言葉を紹介しよう。「敵をしとめる時、前に言葉をかけるべからず。刀をうちつける時、一度に言葉をかけるべし」おっそろしいな~。
この頃の武将ってのは「軍人」であり「政治家」だった。一度のミスは死を意味した。
軽率な行動はまさに自分と一族、家臣・領民の滅亡を意味した。その命がけの判断で300年生き延びるそのスタートがこの藤堂高虎だった。
この傷だらけの身体は人生の証だ。いまの政治家は命を落とすこともない。明日の命も知れない戦国武将が未来を考えて今日を生き、命を奪われる心配のない現代政治家は刹那的に今を生きる。
皮肉なもんだねえ。

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