鴨長明(かものちょうめい)

ながめても あはれとおもへ大かたの 空だに悲し秋の夕ぐれ
-[1155?-1216] 鎌倉時代の歌人・文人 鴨長明(かものちょうめい)の歌

鴨長明といえば「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまる事なし」って書きだしの「方丈記」が有名だね。
古今到来日本の知識人っていうと、本居宣長と並んでかならず名前があがる歌人っていうか知識人だね。
故宮澤喜一元総理が尊敬する人って聞かれて鴨長明の名前を挙げたことを覚えてる。
この歌は「新三十六歌仙」にはいってる。
秋ってなぜ悲しくなるんだろう?
秋の月夜を眺めてると「死にたくなる」ってくまさんの気持ち、なんとなくわかるんだよなあ。
蒼い空と赤い月ってのは心のDNAの古代や中世を呼び覚ますよね。
バイカー修ちゃんは、なんとなくむかしむかしこの月夜の山道を追っ手に追われて逃げ帰ったというご先祖様の記憶が思い起こされる。
なんでだろう?月夜を見ると無性にこの記憶が思い出される。
すごく怖くて、山道を月明かりをたよって駆けに駆け、逃げに逃げたって記憶が思い出されるんだ。
こんな経験したことないのに。それにともなって月を見るととても懐かしくなる。
月夜って不思議だね。中島 敦の「山月記」では月夜に旅人の前に虎が現れる。
その虎はかつての友人だった。
彼は言う「人生は何ごとかをなさぬには余りにも長いが、何事かをなすには余りに短い」と。
人間から虎に変身して人間だった自分の愚かさを語る。これが意味深だ。
月夜は不可思議を現実と錯覚させるんだ。
潮を満ちさせ、お産を誘発する力があるんだもの。
人間が多少おかしくなっても不思議はないよね。秋の夜長の夢想でした。

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