司馬遼太郎「虎徹」

「おお」奪うようにして近藤は受けとり、すらりと抜くと、鍔先二尺三寸五分。

中背の近藤にはぴたりとあつらえたような寸法である。

反り浅く、肉厚く、刃文が大いにみだれ、いかにも朴強(ぼくきょう)な感じがするなかに、骨を噛みそうな凄みがある。というより、その凄みを、外見の朴訥(ぼくとつ)さで必死に押しつつんでいる景色は、どこか近藤という男に似かよっている。
-[1923-1996] 司馬遼太郎「虎徹」より近藤 勇が手にした「長曽祢虎徹」のエピソード-

これも、司馬さんの短編「虎徹」にでてくるエピソードなんだ。
しかし、さすがによくこんな文学的表現でカタナの説明ができるねえ。
読者のみなさんはほとんど日本刀を間近で見たことがないだろうと思う。
それはそれは息をのむほど美しいものなんだ。
日本刀は芸術品として認識されている。西欧の刀剣の価値はほとんどその「装飾」に重きがおかれている。
それに比べて日本刀は「拵(こしらえ)」という外装。あの漆塗り(うるし)の鞘(さや)や、柄巻、鍔(つば)も美しいが、真の価値はその「刀身」にある。
鋼(はがね)、つまり鉄のかたまりなんだけど、その鋼の製法が、砂鉄から叩いて鍛えて不純物をだし、折り曲げ水で冷却し、驚くほどの手間をかけて作られる。中国から入ってきた製法を日本独自にブラッシュアップした世界無敵の刀剣だ。
おそらく「鉄」を芸術にまで高めた稀有(けう)な美術品だろうな。
まあ、戦闘に使えば刃こぼれもするしどんな名刀でも折れはする。コストパフォーマンスを考えれば一振りのカタナにこんな手間隙かける意味は希薄だ。
西欧人には理解できないだろう。しかしココが日本人のモノ作りの原点なんだと思うぞ。
このモノ作りにかける情熱という美点と、戦争で負けるとわかりながら死ぬまで戦う狂気はおそらく同質のものだろう。長所と短所は同一なんだ。
日本刀の切れ味は世界一だ。いまだその切れの良さは謎の部分が多い。
一刀の元に人間の胴体を5人分斬ったという記録もある。
武器を哲学にまで昇華させた武家の誇りの象徴・・それが日本刀なんだ。
ちなみに近藤局長の「長曽祢虎徹(ながそねこてつ)」はニセモノだったという見方がある。
それくらいこのカタナは幕末当時も希少なカタナだったんだ。
それをまあ実戦でガンガン使ったんだからスゴいよね。
なんせ近藤勇は池田屋の討ち入りの後、義父の近藤周斎に宛てた手紙に
「刀は刃ササラのごとく、倅(せがれ)周平は槍を斬り折られ、下拙(げせつ)刀は虎徹ゆえにや、無事に御座候」って書いているのだ。驚くねえ・・・。

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