芳村思風(しふう)

結婚は恋の墓場であって、愛の始まりである。恋は自然、愛は芸術なのだ。
‐[1942-] 奈良県出身の哲学者 芳村思風「意志の力・愛の実力」より‐

芳村先生の「今日の一言」が反響大きかったですねえ。
ではもうひとつ。バイカー修ちゃんは芳村先生のとっておきの名言だと思うぞ。
「恋は自然、愛とは芸術」なるほど~。これぞ珠玉の言葉だねえ。言葉の魔術師って感じさえする。
ということは、「恋」はだれでもできるかもしれないけど、「愛」は芸術のように気高く、尊く、そしてデリケートで壊れやすいものなのか?
そうかもしれないなあ。
これを読んでる読者があまりにも多いので最近バイカー修ちゃんも発言に気をつけようと思ってるんだよね。
みんな、「恋」と「愛」とを混同してないかい?
芳村先生のいうように「分けて」考えてみるといいかもしれない。
「愛」するにもきっかけがいる。それが「恋」なんだト。
「恋」は盲目。アバタもエクボ。もう相手の全てがすばらしく、美しく感じるよな?
そして結ばれる。とたんにそこに現実がある。
アバタはアバタだし、だらしないし、夜の勝負顔と別人のヒトが横に寝てたりもする。
その「現実」が恋を吹き飛ばし、目をそらさないで向かい合うとあーら不思議。
一旦はシャープの空気清浄機みたいに存在感のなかったダンナにも、運動不足でみっともないおなかにも「心地よさ」を感じてくるでしょう?
それが「愛」のはじまりはじまり。「愛」は努力のたまものなんだネ。
え?感じたことがない?うーん、そーか。そーいうヒトも多いんだ。
じゃーね、バイクにでも乗ってごらん。
あれはね、機械なのにそれ以上の有機体なんだ。
自分を自由にしてくれる。どうですか?トライしてみたら?
私は女性だからできない?イマドキの女性は男性よりもタフです!
別れの切り出しはいまや女性からっていうじゃない。

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