デルスウ・ウザーラ(デルス・ウザーラ)

わしら、あした、ここ去る。
ここへ、別のヒト来る。そして、食う。
火に入れると、肉なくなる。

‐[1872-1930] ロシア出身の極東地域探検家 ウラディミール・アルセーニエフ「シベリアの密林を行く」「デルスウ・ウザーラ」より(黒澤明 1975年度日ソ合作映画)‐

昨日、NHKのBS放送で、黒澤 明監督の「デルス・ウザーラ」を見た。
しかし、この発音は「デルス」よりも、長谷川四郎訳の原作「デルスウ・ウザーラ」のほうが正しいだろう。
原作は「シベリアの密林を行く」、「デルスウ・ウザーラ」として、著者アルセーニエフの体験記として出版されてる。
この映画にいたく感動してしまった。眠れないくらいまいってしまった。
以前映画館で見たのに、印象が残っていない。
今と違い、ロシアの少数民族迫害の歴史を知らないバカ高校生だったバイカー修ちゃんには単に「退屈な」映画だったんだろう。
ロシア極東の先住民族ナナイ人(ロシア名ではゴリド人)であるデルスウと文明人である開拓者ロシア人アルセーニエフの心の交流をつづった原作もすばらしいが、このクロサワ映画も本当にすばらしい!
こんなにいい映画だったんだ・・。
原住民たるデルスウの道徳的生き方と純粋さ、文明になじめず悲劇の結末を迎えるその生きざまに涙が出て声まででそうだった。
事実、彼らアジア系少数民族の「文化」はほとんどロシア人に滅ぼされてしまった。
虎も、ネズミも、雨も、火も、太陽も、月も、彼らは「ヒト」と呼び、大事にする。今日の一言で紹介したこのシーンは映画でもあった。
ロシア人一行が夜営した際、隊長アルセーニエフが、食べ残した肉を火の中に捨てたとき、怒ったデルスウが言うセリフがこの言葉だ。
ここでデルスウの言う「ヒト」はキツネかもネズミかもしれない。
でも、デルスウは全ての生き物が共生しているという「原始共産主義的」善良な気持ちを持っているんだ。
キリスト教のように「人類」が全ての生き物の頂点にいるなんて思い上がりもいいところだ。
こんな純粋な彼らを滅ぼしたのは、ずるがしこい利己主義な自称「文明人」だ。
エスキモーも、アイヌも、マヤ人も、アメリカ先住民族もみんなえじきになってしまった。
日本人もえじきになりかけて「ニセ白人」になって迫害する側に立っちゃった。
もうバイカー修ちゃんはデルスウの大ファンになってしまった。
クロサワ映画でもこれは「3本指」にはいる傑作だと思うぞ。
アカデミー賞をとったのもわかる気がする。
どこがよかったんだろう・・・?  そうだな・・、いつも思ってることなんだけど、クロサワ映画で少々鼻につく過剰な演技が多い日本の俳優たちが出ておらず、感情を抑えたドキュメンタリー・タッチであったこと。
それとデルスウ役の、マクシム・ムンズクの名演だろう。
当初デルスウ役は三船敏郎(!)だったというから、これは絶対マクシム・ムンズクで正解だった。
おそらくクロサワ映画でこれをあげる人は少ないだろう・・。
しかし、バイカー修ちゃんにとってこの映画は「傑作」であり、ロシア人に対する見方すら変わってしまうほどショックを感じた映画だった。あらためて原作を読んでみようっと。

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