山本周五郎

しずかにみひらいた老人の眼は、そのとき鋭い光を帯びて伝三郎の面をひたと衝(つ)いた。

「こなたは世間を汚らわしい卑賤(ひせん)なものだといわれる、

しかし、世間というものはこなた自身から始まるのだ、世間がもし汚らわしく卑賤なものなら、その責任の一半はすなわち宗方どのにもある、世間というものが人間の集まりである以上、おのれの責任でないと云える人間は一人もいない筈だ、世間の卑賤を挙げるまえに、こなたはまず自分の頭を下げなければなるまい、すべてはそこからはじまる。」
[1903-67] 小説家 山本周五郎 新潮文庫「つゆのひぬま」の中に収められた短編の一つ「武家草鞋」宗方伝三郎を諭す老人の言葉-

昨日は、人に会いに福岡県久留米市に行った。長崎からは、約2時間の距離だ。
福岡県の南に位置し、九州のヘソみたいな都市だ。
なんといっても「からくり儀右衛門」こと「東芝」創業者の田中久重氏や、世界の「ブリジストン」の創業者、石橋正二郎氏を生んだ都市だよね。
有意義な時間をすごさせてもらった。やはり会話は大事だね。
この往復をクルマを運転していったんだけど、バイカー修ちゃんはなかなか忙しくって「小説」はクルマを運転中におこなうんだ。
え?どうやってって?  CD小説を読むんだよ。
今回は、山本周五郎の「武家草鞋」だ。この短編はいいねえ。
俳優の鈴木瑞穂さんの朗読がまたすばらしい!
何度聞いても最後のこの部分では涙がとまらない。
真面目一本やりの宗方伝三郎はその意固地なまでの実直さから藩まで追われる。
何をやっても真面目で融通がきかないために衝突を繰り返し、「世間は卑しい、社会は間違っている」と自分を追い込んでいく、山で行きだおれになって死にかけたいたところを老人と孫娘に救われる。
最後に老人に諭された言葉がこれだ。
「・・・・今この村へいらしゃってからの事も、柏屋の手代とか、人夫の狡猾、百姓の娘の貪欲をお挙げなさるが、ひと言もおのれが悪いということはおっしゃらぬようだ、宗方どの、こなたそれでは済みますまいぞ」
山本周五郎っていいねえ。日本人は山本周五郎をもっと読まなきゃいけないな。
運転しながら考えた。そして・・・自分の顔をルームミラーで見た・・・。

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