フローレンス・ナイチンゲール

子を失う親のような気持ちで、患者に接することのできない、そのような共感性のない人がいるとしたら、今すぐこの場から去りなさい。
-[1820-1910] フィレンツェ生まれの英国の看護学者「クリミアの天使」「ランプの貴婦人」 フローレンス・ナイチンゲール が看護学校の生徒に向かって言った言葉-

ナイチンゲールっていうと、子どものころ少女漫画風の目の大きい看護婦さんが兵隊さんを手当してる本を読んだ記憶があるんだね。
でも、ナイチンゲールはそんな甘い人ではなかったようだね、当然だけど。
「ボランティアだけでは永続性がない」と発言しているし、その患者の統計的な看護システムの確立などの評価が高い。
患者に共感を持って接し、救護するという目的を決して忘れなかった人だから偉大なんだろう。
でも彼女こそ、「ホスピタリティ」の元祖だろうな。
ホテル、サービス業、医療、福祉などの分野で声高(こわだか)に言われる「ホスピタリティ」を多くの人は、甘く、善意のみのイメージで考えるだろうな。
こんなんじゃ長続きしない。
人はどうすれば「満足」「共感」するのかということは考えれば考えるほど深い。
甘やかすだけの社会の現状が今の世の中を象徴している。
深く考える人は例外なく禁欲的な面を持っている。
禁欲的なことが「喜び」につながることを知っているからだ。
いきすぎた干渉をする社会は「依存体質的な社会」となる。
「誰かがなんとかしてくれる」ってやつだね。
今の世の中すべてに、緩怠(かんたい)していると思うぞ。
駅で列車の走行風でパネルが飛んで女子高生が骨折する。製造ミスでリコールが大量にでる。手抜工事・無謀運転・官僚の汚職・モラルハザード・・。
かつてこれが日本はきちんとしている国だった。まるで80年代のアメリカだ。
アメリカ的新自由主義の明暗がはっきりでてきたよな。
「ホスピタリティ」までいかずとも、「挨拶」をしましょう!などと言うことは、発展途上国に行ったらあたりまえのことだ。
みんないやっていうほど挨拶の嵐だ。
「サワディーカ!」、「オーラ!」、「クムスタ!」言葉は違うけど、日本語の「おはよう!」や「元気?」よりはよく聞くぞ。
過剰で性急な近代化は「共感性」って大事な部分を失う副作用があるってことをよく理解する必要があるな。
日本はおそらく世界のどこよりも、近代化の「明」と「暗」を体験しているだろうしな。

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