山口 瞳

美人で頭がいいというのは一種の辛い人生ではあるまいか。
-[1926-95] 東京出身の作家 山口 瞳「江分利満氏の華麗な生活」より-

昨日は、ビジネスパートナーのお客様と久々、飲んで食べて懇談した。
その後、これまた久々夜のお店にくりだした。いやあ楽しい夜だった。
バイカー修ちゃんはけっこうハデに見られるけど、こういった機会でないと飲みに行ったりすることはほとんどないんだ。毎日晩酌するって習慣もない。
プライベートで行きつけの居酒屋さんやすし屋さんでいっぱいやる・・・なんてこともまずない。
今日の一言は2004年8月30日(http://www.q-bic.net/biker/diary/html/200408/30.htm)にも一度紹介しているけど、山口 瞳の1963年度直木賞受賞作『江分利満氏の華麗な生活』ってコミカルな小説の中の一節なんだ。
バイカー修ちゃんはこの話が好きで、CD小説まで持ってて、よくクルマで聞きながら運転する。
これは映画にもなってて、主演した小林桂樹がCD小説の朗読もやってる。
前置きが長くなったけど、昨日の店できれいなお姉さん方を見てて、ふとこの一言を思い出しながら彼女たちと話をしてたんだ。
まあ、女性の「美しい」というのは男性にとっては「大量破壊兵器」だね。
バイカー修ちゃんは夜のお店に行くと、女性よりも目がハートになってる連れの男性軍を見るのが楽しい。
「いい男」が女性に対してあまり効果がないように思われるのは僕が男性だからだろうか?
それとも自分自身が「いい男」とは、地球とM78星雲くらいに遠い存在だからだろうか?
人間みな平等・・・なはずだけど、「美人」だと評価が倍以上になるのはこりゃ人情だよねえ。
美人からにっこり微笑みかけられてアドレナリンが上昇しない男性はまずいない。
ほとんどの物語やドラマのヒロインはなぜか・・意味もなく「美人」だしなあ。
でも美人に生まれた彼女たちは大変だろうなあ。すべての女性は自分の美しさの度合いを自覚しているっていうし、同姓からのねたみもすごいだろうなあ。
もし自分が美人じゃないって自覚したら、美しくて、背が高くて、スラリと足の長い同姓を見るとどういう感じになるんだろう?
不思議と男性はあまりにもカッコ良すぎる男性を見てもやきもちや嫉妬なんて感じないと思うなあ。
女性にとって美貌は彼女たちにとっても「武器」であることは絶対に自覚していると思うぞ。
だから、歳を重ねるごとに化粧と美容に熱がはいるんだろうな。
そりゃあ・・辛い人生かもしれないねえ。
だって「美」には満足がないんだもの。どんなに美しい女性でも「もっと美しく」なりたいだろうし、マリリン・モンローが自分の顔とスタイルにコンプレックスがあった話は有名だ。
彼女みたいに、あまりに美人なるがゆえに人生を踏み外した女性もいっぱいいるだろうなあ。
そんなことばっかり考えながら彼女たちの美しい顔を見てました。

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