マイケル・ポランニー

知識とは、「知る過程」として記述されるのがいっそうふさわしいはずの活動である。
-[1891-1976] ハンガリーの物理学者マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』より-

ハンガリーには天才・奇才が多いけど、このポランニーの『暗黙知の次元』はバイカー修ちゃんの考え方を大きく変えたおすすめの一冊だ(もしかしたら・・ちょっと難解かもしれない)。
知識とは、「知っていること」つまり、答そのものに意味があるのではなくて、それを知る過程に獲得される「暗黙知」が重要なのだ・・とポランニーは言うんだね。
「暗黙知」とはなにか?それは言葉にできないもの。
僕らは語ることができるより、多くのことを知ることができるって事実だね。
ところが今までの日本では、「形式知」を重んじてきたんだ。
世の中で言葉にできることって、おそらく一割もないだろう。「なぜ、あの人が好きなのか?」そんなことを言葉で並べたって、おそらく当たっていない。
理由はわからないけど、好きになっちゃうのだ。人と人との付き合いはこの「暗黙知」でなりたっている。
人間は、マニュアルや、理屈という「形式知」では動かないものなんだ。
人間は「暗黙知」でしか動けない。
コンビニのお姉さんはマニュアルで動いてるって?そうじゃないよ。
「形式知」をムリしてでも何回もやっていると「暗黙知」化しちゃうんだ。
でもね、その「過程」で考えることをしていないから、無味乾燥の「いらっしゃいませ~」になってしまう。
挨拶は形だけできても、そこに、なぜ挨拶が必要なのか?って知る過程がないので、ただ「知っている挨拶」には意味が希薄になっちゃう。
僕らもそうなってないかな?月曜日の朝いちばん!アドレナリン全開でいきましょう~!!

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