近藤道生(みちたか)

当時(大正12年:1923年)、月収が今の金額に換算して二十億円をこえたといわれる益田鈍翁(どんのう)の住む二万数千坪にも及ぶ小田原の「掃雲台」には、漆芸家、陶芸家、畜産家、園芸家その他のそれぞれの道で優れた人物が鈍翁によって選ばれ、住居とお手伝いと十分な報酬とを与えられて暮らしていた。
-[1920-] 神奈川県出身の官僚・博報堂代表取締役・茶人 近藤道生(みちたか)2001年著『平心庵日記』p34第三話より‐

先ごろ朝食の席で、なにげなく日経新聞の「私の履歴書」で連載された博報堂代表であり、偉大な茶人の近藤道生氏の話題にバイカー修ちゃんが師と尊敬する方に関係する話が紹介されていた。
そのことを食卓で話すと、茶人の義母が「これを読みなさい」と差し出した本がこの「平心庵日記」
副題に「失われた日本人の心と矜恃(きょうじ)」とある。矜恃とはプライドと同義だね。
近藤氏の父である開業医の近藤外巻(とまき)と大実業家である三井物産の益田鈍翁(どんのう)の茶人としての交流の日記だが・・これがすばらしくおもしろい!
戦前の日本は、今のアメリカ並みに貧富の差が激しかったのは知っていたが、アメリカとは文化と歴史が違う。
彼らが日本芸術の危機を救うために行った努力を知るべきだろう。
たんに収入が多いか少ないかというくだらない経済論理では語れない。
この「平心庵日記」はおって紹介していくけど、バイカー修ちゃんの読書の幅を広げてくれたのは、この茶人の義母の影響はとても大きい。
長いこと商売一筋で休みもなく働きづくめだったが、その読書の幅は広く博学だ。
茶を通じての日本の芸術に造詣が深く、いろんなことを教えてもらっている。
いまでは子どもたちに毎日茶道を教えてくれる先生だ。
バイカー修も母の影響で茶道にふれるようになったけど、あらためて日本人の感性の素晴らしさに感動し、日本人であることに感謝している。
竹を切っただけの花入れに一輪の女郎花(おみなえし)。
このシンプルさを芸術ととらえられる感性は世界広しといえども日本人のみだろうな。
西欧の芸術はいじり倒してやっと芸術だって感性だ。
このような素晴らしい文化に触れることの少なくなった現代とはなんなのだろう?
この感性あればこそ、日本の工業製品は世界一になったのだ。
その意味でこれからも世界一であれるかどうかは・・・残念ながら疑わしい。
鈍翁はお金の価値を真から知っていたのだろう。
それはどっかの生保の会社のように投機のためにゴッホの絵を買うのとはまるで違う。
「見えないもの」の価値を知る。
今の日本に欠けてしまった視点だね。
僕の友人のタクシーママが「日経ビジネスオンライン」の全国版で特集されている。
ちなみに日経新聞も元々は益田鈍翁がつくった新聞だ。
見えないものへの価値を日経も気付いているし、彼女はとてもゆたかな感性の持ち主なんだ。
ぜひ読んでください。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20090507/193885/?P=1&ST=spc_smb

経済的論理だけでものを語る「電波経済学者」や経済人ってなんて世界が狭いんだろう。
人間は損得だけでは動かない。そんな簡単なこともわかっていない。
そんな連中の言うことなんか当たってるはずもない。
会社は大きければよい。儲かればよいという浅薄で下品な感覚が身を滅ぼすってことだと思うぞ。

月別 アーカイブ