ウィリアム・シェイクスピア「ジュリアス・シーザー」

運命よ、お前の意志は人間には知るすべもない。

人間いずれは死ぬ、それは知っている。

問題はいつ死が訪れるかだ。

‐[1564-1616] 英国の劇作家・詩人 ウィリアム・シェイクスピア「ジュリアス・シーザー」第3幕第1場よりブルータスの台詞‐

このブルータスの台詞はあまり有名ではない。しかし、この台詞の前の裏切り者ブルータスに刺されたシーザーが言った「ブルータス・・・、お前もか!?」って台詞はあまりにも有名だ。

人間は、運命をコントロールできない。しかし、潜在意識の深いところでは運命をコントロールしているのかもしれない。

この暗殺されたシーザーは、深層心理の中で「いつか自分が殺される」運命を考えていたかもしれない。

深層心理は「未来からくる時間」に気付いていると思っている。

それは深層心理が進化にかかわっていると思うからだ。

前回、人間ほど進化のはやい動物はいないと言ったよね。それは人間には「意志」があるからだ。

意志は進化に重要な要素を及ぼしている。

動物にも「意志」はあるだろうが、人間の意志の力はその姿かたちにも影響する。

親子2世代で体型や大きさまでかわるのは、意志の力だろうと思うぞ。

僕らの父親や母親の世代は文化の激変期にあたる。

ジェームス・ディーンやモンロー、石原裕次郎なんかがスクリーンをかけまわり、その姿にあこがれた。

彼らの文化、ファッション、そのスタイルにあこがれた。

しかし自分の体型まではどうしようもない。当時の日本人はおよそほめられた体型ではなかったし、体も貧弱で小さかった。

「あのようなスタイルになりたい!」その強烈な意志はどこに向かうか?

それは自分の子どもの世代に反映されるんだ。

つまり潜在意識は、僕らの意識からはまったく意識されない深いところにあるのだけれど、それは意志の力に大きく影響される。

つまり進化に影響を与える。その進化とは未来にほかならない。

だから潜在意識は、未来から流れる時間に気付いていると思っている。

そう考えれば、未来に夢やビジョンを持つってことが、単なる情緒的なことではないと気付くはずだ。

未来の自分のあるべき姿。

これを想い描き、ビジュアル化するっていう作業はけっこう大変だと思うぞ。

僕は、中学校や高校時代、まともに勉強しなかった。今になってみるとものすごいコンプレックスだ。

また引っ込み思案で内向的、人前で話もできなかったし・・・今でも苦手なんだ。

講演が終わると胃が痛くなる。身体は正直なんだね。

でも、人の上に立って、雄弁に語り、ものごとの本質で語れる人になりたかった。

高校生のころ、例によって学校サボって行った名画座で見たアメリカ映画「十二人の怒れる男」のヘンリー・フォンダ演じる「陪審員8番」に感動し、あこがれた。

この映画の英語版の脚本ももっているくらい大好きな映画なんだ。

学校サボるのは良くないことだ。僕は常習犯だった。しかし今じゃ学校サボったこともこの映画に出会うために、僕自身の潜在意識が選んだ僕の「意志」だと思っている。

このブログを書くきっかけになったのも、無学な自分がいやでにわか読書をはじめたものの、なにか残していかないと続ける勇気がなかったから、はじめたようなものなんだ。

よくお褒めの言葉をいただくけれど、そんな高尚なものではないんですよ。

でも「続ける意志」はあるべき姿を想定しないとできないことだとは思うぞ。

その意志は、自分一代で終わるものじゃない。

僕らの次世代に引き継がれていくものなんだ。

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