ローマ教皇 ヨハネ・パウロ2世

神様、私の声を聞いてください。

私の声は・・戦争で、原爆で、お父様を亡くした子供の声です。

主人を亡くした妻の声です。

お母様を失った子供の声です。

‐[1920-2005] ポーランド出身のローマ法王 ヨハネ・パウロ2世(本名:カロル・ユゼフ・ヴォイティワ)1981年2月広島訪問での日本語の演説‐

1981年、その方はバイカー修ちゃんの住んでる長崎と広島にいらっしゃった。寒い日だった。

かつてナチスの被害にあったポーランド人であったカロル・ヴォイティワは、白い法王の服を着て「ヨハネ・パウロ2世」として語りかけた。

バイカー修ちゃんの友人は、不良でボーソー族のくせに「パパ様のお言葉に感動した!」としきりに話し涙ぐんでさえいた。

長崎は全国のカトリック信者の10%が暮らし、カトリック教会の10%が集中する日本のカトリックの総本山なんだ。

今から約500年前、日本初のキリシタン大名、大村純忠(すみただ)は領地大村藩の寒村、「長崎村」をイエズス会に寄進した。これがカトリックの総本山のはじまりだ。

また、4人の少年を日本国の正式な遣欧使節として戦国時代、バチカンに派遣したのも・・この長崎だ。

そのカトリックの総本山に、64年前の8月9日、広島に続いて人類史上2発めの核爆弾「ファットマン(でぶっちょ)」が、米国の戦略爆撃機ボーイングB29「ボックスカー(貨物車)」によって投下された。

この5トンあまりの核爆弾をさすがのB29も苦しそうに運んできて・・・そしてクルーは真面目に決められた仕事をしたのだった。

「ルシファーの鉄槌」はあろうことか、この美しいカトリックの町を、敬虔なカトリック教徒が暮らすこの町をたった1発で破壊してしまった。

放射能による被曝障害は未だに続いている。

いったい長崎の市民が世界のいけにえになるような悪いことをしたのか?

その後の世界平和のいけにえに十字架に縛られて神に召されたとでもいうのか?

スペインのゲルニカがナチスの戦略爆撃で市民が犠牲になったことをいちばん激しく非難したのはアメリカじゃなかったのか?

アメリカの人道主義って「白人に限る」のか?

ゲルニカから10年もたたずにこの核爆弾投下だ。

被害が尋常じゃないことは落としたアメリカが戦後調査して戦慄したほどだった。

それだけに「ヨハネ・パウロ2世」の広島・長崎訪問は衝撃的だったんだ。

この恐るべき核兵器の威力は、今では長崎型原爆の20キロトン(TNT火薬2万トン)から100メガトン級になってる。単純に言って5000倍の破壊エネルギーだ。

想像できないねえ。人間ってほんとうにおめでたいねえ。

 戦争で父を、母を、子供を亡くした声・・・。現代では、この声を発するべき人もすべて「蒸発」してしまうだろう。

こんな悪魔のおもちゃを、戦勝国以外の、イスラエルや、インド、パキスタン、北朝鮮まで持ってるんだ。

おまけに、旧ソ連にあった核弾頭の在庫リストからかなりの数の核兵器が無くなっているらしいし、世界の「ならずもの」がこんな危ないおもちゃを持っているってことは認識する必要があると思うぞ。

残念ながら、平和を叫ぶだけでは平和は望めない世の中になっているようだ。

しかし、明日そして9日、ヒロシマとナガサキの市民には特別な日がまたやってくる。

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