私は、権力は本質的に悪である、善なる権力は存在しないと確信しています。

しかも本質的に悪である権力を行使するものは人間です。神ではありません。

‐[1936-] 東京出身の外交官・小説家 春江一也2000年著『プラハの春』p241より東ドイツ人(DDR)カテリーナ・グレーべの手紙‐

先月、スイスの高校に進学した息子をたずねてスイス、チェコ、オーストリアに行った話しをした。

チェコのプラハのあまりの美しさに言葉もでなかった。

カレル橋のフランシスコ・ザビエル像から見下ろすブルタバ河・・・、プラハ城。

ふとお世話になった児玉さんから「おもしろいからぜひ読んでください」と一冊の本を送ってもらった。

「プラハの春」春江一也著。恥ずかしながらこの作家も作品も知らなかった。

しかし、1968年におきたチェコスロバキアの民主化運動をソ連の戦車が踏み潰した「プラハの春」事件は知っていた・・・知識だけね。

あまりのおもしろさに読みながら、怒り、泣けてしまった・・・まだ半分しか読んでないのに・・。

見開き4段の530ページ余の大作だ。

その中からヒロイン、旧東ドイツ人の女性カテリーナの言葉を紹介しよう。

このカテリーナの手紙を読んだとき、英国のジョン・アクトンの引用だってのはすぐわかった。

http://www.q-bic.net/biker_blog/2007/10/post-420.html#more

しかし、そんなことはどうでもいい。

この小説は文句なくおもしろい。この春江一也さんが外交官であり、「プラハの春」を日本に打電した外交官その人だということだ。

自身の外交官体験を小説にしたてたこともよい着想だが、日本の外交官と国交の無い、東ドイツの政治犯の女性という絶対に許されないラブロマンスを組み合わせたことがこの物語を臨場感豊かなものにしている。

あらためて大きな歴史の大河と、ミニマムな人間の悲劇を対比するという方法が、バイカー修ちゃんが若かったころは滑稽に思えた。

しかし、今50歳となり一人の人間の人生と、歴史の大河は同じくらいに重い・・と感じるようになった。

教科書に載っている歴史は、一人一人の悲劇の総和なんだね。

共産主義がどうだ、自由主義がどうだじゃないんだ。

人間性すら否定され、あたりまえのことが犯罪に、善意がテロルになった時代があった。

ついこの前ともいえる。いや・・隣の国では現在もそうである。

「人間らしく生きる」というあたりまえのことが夢でもありえなかった時代。

そういう時代を体験はしていなくても、せめて知る義務はあるだろう。

日本人くらい安易に「愛」を語り、「平和」を口にする人々はいないような気がする。

セーラー服の少女が地球の敵と戦うような歪んだイメージも共産党のテーゼと同じくらい異常だと思うぞ。

このプラハの春の時代と比べれば、今の日本がいかに天国かよくわかるってもんだ。

この小説、ぜひぜひおすすめしたい。

あのプラハのこの世のものと思えない美しさには、こんな悲しい歴史と涙と人々の血がこめられていたことをはじめて知りました。

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コメント(2)

くまさん、いらっしゃい。
読書家くまさんもそう思うんだなあ。
たしかに学校の先生から歴史に興味のわくような話しはあまり聞いたことがないなあ・・・。

おもしろくもない中世日本を源氏物語の光源氏のラブストーリーなんかを紹介しながら授業するとか、幕末のわけのわからん授業を「竜馬がゆく」なんかを引用してやったらおもしろいだろうなあ。

どれくらいの生徒が「タイセイホウカン」の意味を理解していただろう?

歴史の勉強ほど退屈なものはなかったもんね。

そういう意味でだいぶ僕らは時間をむだにしたねえ。

修ちゃんおはようございます^^
「教科書に載っている歴史は、一人一人の悲劇の総和」、本当にそうですね。
この事に気付かず 歴史の年代や出来事を丸暗記するような勉強をしていた学生時代・・何を無駄な事やっていたんだろうと 今になるとわかるけど 残念ながらそう教えてくれる先生にも一人も出会えませんでしたねぇ。
今日の本題からずれてしまうかもしれませんが、日本国民は もっと想像力を鍛えて 本を読むべきだと思います!!。私情を込めて「この本はいいぞ」と子供たちに熱烈に勧めてくれるような先生が少な過ぎると思うぞ!!

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