イーデン・フィルポッツ

よい忠告とは何かを心得ている人々はたいてい・・・何も忠告すべきではないと心得ている。

‐[1862-1960] インド出身の英国の作家 イーデン・フィルポッツの言葉‐

イーデン・フィルポッツなんて作家知らないだろうなあ。

『赤毛のレドメイン家』っていうミステリーが有名・・・でもないな。たぶん誰も知らんな・・・。

古いミステリーなんか、ポーやドイルくらいしか読まれてないよな。

正直、あんまりおもしろいと思ったことはないなあ。

ま、バイカー修ちゃんはミステリーやオカルトっぽい小説はほとんど読まないので、書評なんかする資格もないんだけど。

でも、古いミステリーで抜群におもしろいと感じたのは、ガストン・ルルーの『黄色い部屋』くらいだな。

 でも今日の一言は、とても印象深い名言だと言えるんじゃないかな。

人はあまりに安易の助言を求め、そして深い思慮もなく助言をしたがるものだと思う。

人のことなら立派な助言ができるもんなんだな。

助言を求める者も、助言する者も、そこに欠け落ちているいるものがあるような気がする。

それは『私』だ。

助言を求めてなんになろう?  誰が聞いても否定できない正論をかざして悦にひたってなんになろう?

本当にその人のことを思うのであれば、少ない情報で安易に助言はできないはずだ。

助言ができるのは、本当に限られた、よく理解していると確信できる少数の人しかいないと思う。

僕は基本的に助言を求められてもあまり答えられない。

深く話しに入り込むのは、本当によく知る友人くらいだ。

そういう意味で、大方の人にとって僕はなんの役にもたたない人間だと思う。

だって、人に助言したように自分がそれを実行したかって考えたら・・・お寒いかぎりだ。

人間って、人には立派なことが言えるけど、自分のことはからっきしダメなもんだよね。

だから、僕はこのフィルポッツの言葉の深さを感じるんだ。

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