深刻になることは必ずしも、真実に近づくこと・・・ではない。

‐[1949-] 京都府出身の小説家・翻訳家 村上春樹の言葉‐

今、長崎から東京に向かっているANAの機内でこれを書いている。

最近ツイッターをするようになってブログの更新が滞りがちなんだ。

ブロガーはみなこれに悩んでいるようだ。

おかげさまで僕のブログも個人ブログとしてはアクセスが高いほうなんだろう。

よくこんなかたいブログを読む人がいるな・・と思うぞ。

ツイッターのいいところは「深く考えないで書く」ところにあると感じる。

ブログってのはね、やっぱり考えるんだよ ・・眉間にシワをよせてね。

飛行機は離発着のときに電子機器が使えないだろ?

そのときは本を読んでいる。・・・今日はアンリ・ベルクソンの哲学書を読んでる。

それにインスパイアされた。

「実存」とはメロディのようなものだと、ベルクソンは説く。

そのメロディとは、分断のできない「流れ」だね。

その「流れ」こそ、「ツイッター」の本質に近いと思うんだ。

前後のツイートに触発されて、ひらめくままに「つぶやく」・・・

これがすばらしい輝きをもっていることがよくあるんだな。

これこそ、前後の見知らぬ人との対話の中に生まれた創造的な散文だな。

対話による「知」の創造と言ってもいいかもしれない。

でも、軽妙にツイートできるのも才能さ。

大部分のツイッターは駄文の集合体であることも事実だろうな。

人は、出会いを求めて、公平な環境である「ツイッター」の世界に入り込む。

しかし、そこにも才能と性格と人格との格差があるということを知る。

なりすましたやつもいっぱいいる。

女性のフリした男もいる。

中毒症状に陥って、つねにツイートしていないとおちつかない人もいる。

ここもまた、リアルな世界と同じで、孫さんみたいな希望をもった人から、有象無象までいる。

そこがまたツイッターのおもしろいところだろうな。

ツイッターはじめて、ブログとの棲み分けがより鮮明になったような気がするぞ。

人生、なんでも深刻になりたがる人にあんまり幸せそうな人はいない感じがする。

しかし、楽観的に生きるってのは・・・こりゃ難しいものなんだ。

だって人間はもともと悲観的な動物なんだから。

「あるべき姿」が明確じゃないと、人間楽観的にはなれないもんさ。

楽観的に生きるってのは大変なことなんだ。

でも、そんな人は笑顔が明るい。

あなたの笑顔はいいお顔(^_-)-☆かな?

笑顔にすべての人生が表れると思うぞ。

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コメント(2)

たごさくくん、お久しぶり!
ツイッターフォローもありがとう!
僕もフォローしたよ!
そうかあ、高校生の頃の同級生の女性から人生を救ってもらったんだ。
そういうことってあるよね。
在学中は話もしなかったのに、同窓会かなんかで会って親しくなるとかさ。
いまじゃブログやツイッターなのかな。
でもね、みんなつながっているんだよ。
たぶんたごさくくんの同級生の人は素敵な人なんだろうね。
大事にしてください、その気持ち!
15年以上前の写真!
そうだろうと思ったよ!
でもたごさくくん、大事な話をありがとう!

たごさくです。

>よくこんなかたいブログを読む人がいるな・・
そんなこと言わずに・・・、

ビタミン不足の時に自然と身体がビタミンを欲するように、心のバランスを保ちにくい時、あるべき姿から現状を差し引いた部分を埋めたい欲求が、バイカー修さんのブログに引きつけられる動機付けになっているような気がします。

私の場合、職場で上司とのコミュニケーションがうまくゆかず、精神科に通院するようになり、日々悶々と苦しんでいるときに、絶妙のタイミングで高校時代の同級生のある素敵な女性が現れ、ブログやツイッターの世界に導いてくれました。彼女には大変感謝しています。在学中は「おう」とか「あぁ」とか一度としてまとも会話したこと無いのに、不思議です。

それにしてもツイッターは一度足を踏み入れると、中毒になりますね。仕事や生活に支障がない範囲で参加したいと思います。
ちなみにツイッターで使用している写真の私は、15年以上昔、バイクにはまっていた頃の私です。

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