マハートマ・ガンディー

束縛があるからこそ  私は飛べるのだ。

悲しみがあるからこそ 高く舞い上がれるのだ。

逆境があるからこそ  私は走れるのだ。

涙があるからこそ    私は前に進めるのだ。

Because there is restraint,  I can fly.

Because there is sadness,  I can soar highly.

Because there are adverse circumstances,  I can run.

Because there is a tear,  I can move forward.

[1869-1948] インド独立運動の最大の指導者・非暴力主義者 マハートマ(偉大な魂)モハンダス・カラムチャンド・ガンディー『遺言詩』より

 

僕には消せないトラウマがある。

人間は、弱い生き物だ。誹謗、中傷・・いわれのない暴力に対しなんて無力なんだろう。

あれは中学2年のころだった。

僕は身体もクラス一小さく、どちらかといえば、いじめの対象になるほうだった。

体育の授業が終って、クラスにいちばんに帰ってきた僕は教室の戸を開いて入った。

そこにいたのは、クラスメートで小児マヒの障がいをもった女の子のMさんだった。

Mさんは頭もよく、教師であるお母さんの意向で普通教室で学んでいると聞いていた。

しかし、彼女の障がいは決して軽くなく、しゃべることも歩くことも・・ましてや字を書くことも大変だったんだ。だからテストのときも時間どおりに終れなかった。

子どもの世界は残酷だ。子どもは天使であり悪魔なんだ。

そんな彼女に男子生徒は容赦なく心ない言葉をあびせていじめる。

とてもここじゃ書けない・・ひどい言葉だ。

 

僕はそんな小さなMさんと二人きりになったんだ。

日ごろかわいそうに思っていたし、クラスの友だちの顔色を伺って生きていた僕は、Mさんの明るい笑顔に癒されていたこともあり、話しかけたんだ。

「Mさん、なんしよっと?」    「ベ・・ンキョ・・ウ」

「Mさん、いつも真面目かよね。がんばらんばね!」  「ア・・リガト」

僕は心からMさんの笑顔が嬉しかった!本当に楽しそうにしてくれたんだ!

 

そこに・・例の連中が帰ってきた。

「お~、わいはMが好いとっとや~?」

これから僕とMさんはクラス中の笑いものにされてしまった。

あまりにもひどいののしりかただった・・。

彼女の身体に障がいがあることは彼女のせいじゃない!

そんなこと誰でもわかっているはずなのに、なぜこれほどいじめられなきゃならないんだ!

僕はあまりにも無力だった。頭に血がのぼって否定することに必死だった。

「そしたら、こんなマヒの女は好かん!って大声で言うてみろ!」

僕はMさんに向かって・・・あろうことか、そのとおりのことを言ってしまった・・。

Mさんは泣き出した。机に突っ伏して泣き出した。

僕は言葉の暴力をMさんにあびせてしまった。僕はひどい男だ。

あとは覚えていない・・。

僕はMさんに顔向けできないことをしてしまった。

自分の弱さがいやになって・・・そのままの状態で生きている。

何度心でMさんにあやまっただろう・・でも面と向かってそれはできなかった。

子どもの世界はサバイバルだ。

 

転機は10年後訪れた。

あれは、僕が25歳・・ピザハウスでバイトしていたころだった。

ランチタイムの忙しさも過ぎ、2階の窓から、下の通りを見ていたら・・・なんと!Mさんが歩いていた!!

僕はエプロンをしたまんま、一目散に階段を下り、Mさんの前に立ちはだかった。

「Mさん覚えとる? 中学の同級生の船橋さ!覚えとる?」

小さなMさんはにこにこ笑顔でびっくりした様子だった。

それからあの事件のことをまくしたて必死であやまった。何度も何度も頭を下げた。

小さなMさんはにこにこ笑顔でびっくりした様子だった。

道行く人にとって小さなMさんに深々とぺこぺこ頭を下げる僕らは、変な光景だったろうけど・・そんなことぜんぜん目に入らなかった。

 

僕にはMさんの強さはない。

重い障がいをもって前向きに生きてるMさんに比べ、僕の弱さはなんにも変わっていない。

偉そうなことを言い、経営者として仕事をさせていただきながら、僕はなんにも変わっていない。

Mさんに謝っても、Mさんが微笑んでくれても、このトラウマから開放されはしない。

僕は弱い、でも人間はみんな弱い。

だからこそ弱い人間の気持ちがわかるんだ。

暴力に屈する人も、暴力をふるう人も、見て見ぬふりをする人も、騙される人も騙す人も

それは心の弱さからくるんだ。

 

嘉一よ。

なんにも悔やむことはない。お父さんもおんなじなんだよ。

どんなに逆境にあっても、泣き言を言わない君のほうがはるかに立派だ。

決して現実から逃げない君のほうがはるかに強い。

ガンディーをみてごらん。

非暴力主義の偉人ガンディーも子どものころは放蕩がひどく、そのために親の死に目に会えなかったという。

彼はそのトラウマから偉大な人になれたんだ。

楽しい経験は大事だ。

でも苦しい経験はもっと大事だ。

 

石炭は、ありえないほどの高温高圧にさらされてはじめてダイヤモンドになるんだ。

いっしょにガンディーの『遺言詩』を読んでみよう。

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コメント(8)

arakansinさんこんにちは!
カッコいいなあ・・。
僕もarakansinさんみたいなヒーローにあこがれていた。
でも僕はなれなかったんです。
arakansinさんの強い正義感はそこから生まれているんですね。
僕は挫折感から今ヒーローになろうとしているのかもしれません。
人には厳しい戒律と懺悔が必要だろうと僕も思います。
しかし今の日本には、厳しさがまったく欠落しているように思います。
ガイアツでしか変われないことは寂しいですよね。

kenさんいらっしゃい!
kyotiriさんのコメントにも書いたけど、このブログは僕から子どもたちへのメッセージなんです。
下の娘は中二、まだブログを読む年ごろではないんだけど、上の息子は高二で遠い遠い高校に通っています。
息子はこのブログを読んでくれています。
面と向かっては話せないことも、ブログなら書ける。
またkenさんみたいに共通のトラウマをもった人もいる。
いつかわかってくれる日がくる。
子どもは僕らが思う以上に考えています。
一緒にウォーキングして夕焼け空を見たら・・話せるかもしれませんよ。

kyotiriさんいらっしゃい!
そうですよね。
今回、自分の恥を書いたのは、こういうトラウマをみんなももっているだろうと思ったことと、遠いところにいる高校生の息子へのメッセージなんです。
僕にとってこのブログは、息子や娘へのメッセージなんですよ。
世界中どこにいてもこのブログを見てくれている息子がいる。
親子というものは・・・家族というものは人生そのものといえるのかもしれません。

おはようございます。
カッコ良く言えば、修さんと逆の記憶が爺にはあります。
5年生の時、全校生徒数2千名の都会の小学校から、
5百人足らずの田舎の小学校に転校しました。
半年余りでガキ大将になっていた僕に、先生がある女子とうさぎの世話係を命じました。
その子は薄汚れた感じで口数少なく、明らかに周囲から無視されるイジメの対象でした。
転校生には、生徒間の歴史的な感情は分からないので良かったのかもしれません。
先生の意図もそこにあったと思います。
特に義憤を感じた訳ではないのですが、登下校も一緒にしたりしました。
(大好きな子が別にいたので、気にならなかった。)
爺がガキ大将でしたので、一緒にいれば苛められることはなかったですよ。

戒律と懺悔と。
人が人である意義を存続するための最低条件ではないでしょうか。

修さんご無沙汰しております。
この記事はいろんな意味で何回も読み直しました。
私も同じようなトラウマがあり、忘れられない記憶が鮮明によみがえってきます。
kyotiriさんのコメントに書かれてるように、弱いから必死に自分を守ろうとしてたんです。
一生背負わなければなりません。
そしてそんな私も3人の子どもの父親。
こんな想いはどうやって伝えようか。。。

また子ども達と話しながらウォーキングでもしてみよう。

修さん、おはようございます。

Mさんは分ってますよ。
中学生だった時から
そして、いじめた仲間たちのことも
皆が弱いことは誰のせいでもありません。
Mさんだって、修さんだって

人間は弱いです。
だからこそ、人を愛して家族を慈しみ
仲間を大事にするんです。
そして、弱いからこそ
人の弱さを見つけては
自分を守ろうとするんでしょう。

でも、そのことに気がついた時には
きっと人として完成するときでしょうね。
でも、人ではなくなるときかも知れません。

どうもありがとう!

初めまして!!
アリバイ会社をやっているものです!!

いつも楽しく
拝見させていただいています!!

また覗かせていただきます!!

今日も
ハッピーな1日になりますように☆彡

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