陸軍特攻隊員 上原良司

世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人・・これが私の夢見た理想でした。

‐[1922-45] 長野県出身陸軍大尉 特攻隊員 上原良司の遺書(昭和20511日に出撃・戦死)‐

よくコメントをいただく「山さん」がおすすめの百田直樹『永遠の0』という本を読んだ。

特攻隊員として死んだ宮部久蔵という男の物語だ。

この所感は後日書くとして、今の若者に二十歳そこそこで特攻隊員として「自殺攻撃」を強要された狂った国家の犠牲者の声をそのまま紹介したい・・・ぜひ、以下の手紙を全文読んでみてください。

 

「所感」

栄光ある祖国日本の代表的攻撃隊ともいうべき陸軍特別攻撃隊に選ばれ身の光栄これに過ぐるものなきと痛感いたしております。

思えば長き学生時代を通じて得た信念とも申すべき理論万能の道理から考えた場合、これはあるいは自由主義者といわれるかもしれませんが、自由の勝利は明白な事だと思います。

人間の本性たる自由を滅す事は絶対に出来なく、たとえそれが抑えられているごとく見えても、底においては常に闘いつつ最後には勝つという事は、かのイタリアのクローチェも言っているごとく真理であると思います。

権力主義・全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも、必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。

我々はその真理を今次世界大戦の枢軸国家において見ることができると思います。

ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツまたすでに敗れ、今や権力主義国家は土台石の壊れた建築物のごとく、次から次へと滅亡しつつあります。

真理の普遍さは今、現実によって証明されつつ過去において歴史が示したごとく、未来永久に自由の偉大さを証明していくと思われます。

自己の信念の正しかった事、この事あるいは祖国にとっては恐るべき事であるかも知れませんが吾人にとっては嬉しい限りです。

現在のいかなる闘争もその根底を為すものは必ず思想なりと思う次第です。

すでに思想によってその闘争の結果を明白に見る事が出来ると信じます。

愛する祖国日本をして、かつての大英帝国のごとき大帝国たらしめんとする私の野望はついに空しくなりました。

真に日本を愛する者をして立たしめたなら、日本は現在のごとき状態にあるいは追い込まれなかったと思います。

世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人・・これが私の夢見た理想でした。

空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人が言った事も確かです。

操縦桿をとる機械・・人格もなく感情ももちろん理性もなく、ただ敵の空母艦に向かって吸い付く磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬものです。

理性をもって考えたなら実に考えられぬ事で、しいて考うれば彼らが言うごとく自殺者とでもいいましょうか。

一器械である吾人はなにも言う権利はありませんが・・ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめん事を国民の方々にお願いするのみです。

こんな精神状態で征ったならもちろん死んでも何もならないかも知れません。

故に最初に述べたごとく特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です。

飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、一旦下ればやはり人間ですから、そこには感情もあり熱情も動きます。

愛する恋人に死なれたとき自分も一緒に精神的には死んでおりました。

天国に待ちある人・・天国において彼女と会えると思うと、死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。

明日は出撃です。

過激にわたりもちろん発表すべき事ではありませんでしたが、偽らざる心境は以上述べたごとくです。

何も系統立てず思ったままを雑然と並べた事を許して下さい。

明日は「自由主義者」が一人この世から去っていきます。

彼の後姿は淋しいですが心中満足で一杯です。

言いたい事を言いたいだけ言いました無礼をお許しください。

ではこの辺で。

                                     上原良司

 

辛いですね・・・。

どこかの左翼新聞が批難するようなテロリストでも国粋主義者などでもなく、

特攻隊員もなんらわれわれと変わらぬ普通の人でした。

上原大尉は文中にもでてくる羽仁五郎著「クロォチェ」の文中のところどころに○印をつけていた。

それを追うと下記のような文章になったという。

 

「きょうこちゃん、さやうなら。 僕は きみが すきだった

しかし そのときすでに きみは こんやくの人であつた

わたしは くるしんだ。

そして きみの こうフクを かんがえたとき あいのことばをささやくことを だンねンした

しかし わたしは いつもきみを あいしている」

 

※昭和19年(1944年6月)に石川冾子さんは死去していた。

 

みんな生きていたいと思っても願っても、生きていけない時代があったんだ。

僕らなんぞにどんな不幸やアクシデントが起ころうと、上原さんに比べたらなんのことはないじゃないか。

悩むことすら恥ずかしくなる。

さあ!元気だして明日を考えよう。

生きていけることが・・自由であることが、それが「あたりまえ」であることが、上原さんたちの犠牲の上に成り立っているんだから。

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コメント(4)

京ちゃんいらっしゃい!
上原さんの亡くなった恋人が「きょうこ」ちゃんなんでびっくりしたでしょう?
国の命令で死んでいった人がいたのも狂った国家ですが、自殺者が3万人!!もいる今の日本も狂っている。
京ちゃんのその中国人の言葉・・・ユン・チアンの「ワイルドスワン」にも出てきましたね。

彼女の「マオ(毛)」にも衝撃を受けました。
世界は狂った国ばかり!
しかし・・・少なくとも「人として生きること」が許される今の時代に感謝しなきゃね!

松Gおはようございます。
僕も知覧には行きました。当時は陸軍の三式戦闘機「飛燕」が展示してあったですね。
つい先般、娘が就学旅行で知覧に行きました。
この時代は狂っているとしかいいようのない時代ですが、さりとて今のような日本をつくるために尊い犠牲を払ったのではないとも思います。
現代日本は、松さんおっしゃるように「狂っている」としか思えない。

こんばんわ!私も最近読みましたよ。「永遠の0」

私はこの本は、特に息子に読め!!といい渡しました。女性からの視点だと、修さんたちとは違うかもですがあまりにも、哀しい時代でしたね。
でも、みーんな「お国」の為ではなくて「愛する人」の為に生き、死んでいったんですよね。本音で生きることのできるはずな現代・・・逆に難しいね(-"-)

映画で「太平洋の奇跡」も見たけど、内容は違うけど、生きることへの執着を捨てることが美徳と押しつけられた悲しみがありました。

今の世の中、みんな無気力かしら?中国人のいったように
「平和な世の中に犬として生きる方が、戦乱の世に人として生きるよりましだ」
って事が、人間の本性なのかもね。

こんちは!

知覧やひめゆりの塔にも何度か社員旅行等で行きましたが、こんな本音を書いた手紙は無かったですね。

こんな時代に戻って欲しくはないですが、今はこの時代とは真逆に狂って行ってる気もします。

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