太宰治『お伽草紙』

好奇心を爆発させるのも冒険、また、好奇心を抑制するのも、やっぱり冒険、どちらも危険さ。

人には、宿命というものがあるんだよ。

‐[1909-48] 青森県出身の作家 太宰 治 1945年作『お伽草紙』より‐

太宰治の『お伽草紙』はちょっと異色のおとぎ話だ。

刊行が1945年っていうことから、戦時中B29の空襲で防空壕に批難した際、ぐずる子ども達に「ムカシ ムカシノオ話ヨ・・・」って聴かせたものを本にしたってさ。

みんなが知ってる「浦島さん」やら「カチカチ山」が・・太宰流の毒々しい解説つきで書いてあるから読んでみてください。

おとぎ話ってなんだろう?

それは子どもの頃みんな経験した、恥ずかしくて人に言えない経験や、残酷な気持ちにとらわれて友だちに危害を加えたり・・・逆に加えられたりした「理不尽さ」の擬似体験なんじゃなかろうかって思うぞ。

子どもの世界・・いまやそれはいい大人になっても「大人になれない」子どもも含まれる。

十代ってのは、その端境期(はざかいき)にあたる。

一生でいちばん危険で、暴力的で、しかし自分は無力で、育つ身体をコントロールできなくて、劣等感のカタマリで、ゆえに世の中の最先端のファッションや音楽にぶら下がり、残酷で、小心であるがゆえに猜疑心が強く、しかし友人に依存し、性に目覚め、規則は無意味でバカらしく感じ、悪にあこがれ、この混沌が永遠に続くように思われる。

これはおそらく誰しも通る青春の感情なんだろうな。

心の中はみんな同じどろどろしてるのに、結果としては人それぞれぜんぜん違う。

 

●言葉も含む暴力をふるい人に迷惑をかけるやつ。

●無気力で依存的な自分の無いやつ。

●まじめ一直線、成績優秀で絵に描いたような好青年・少女。

●スポーツのみに情熱をかたむけるやつ。

●可もなく付加もないもめごともおこさず・・・平凡なやつ。

 

親も教師も結果で一喜一憂するもんだ。

でも忘れちゃいけない・・・不思議とみんな大人になったら忘れてさも自分がムカシから「立派な人間」であったようなことをのたまう。

上に書いた結果はたんなる結果にすぎない。

 

みんな例外なく、心の中はどろどろしているんだよな。

それでも既存の価値を信じていい子であろうとするのか、破天荒になるか、無視するかの差なんだ。

だから世の中の少年少女よ、よく覚えておくんだぞ。

世の中は「理不尽」なものなんだ。それに文句をいってもはじまらない。

ネパールや南アフリカや中国の極貧の農民の子が君らを見ると自分の生まれの「理不尽」さを呪うだろう。

会社や学校なんていう既存の組織は、その社会のもっとも保守的で過去の価値観の象徴だってことを忘れるな。

その組織を辞めるという決断もたしかにある。

しかしどの組織にいっても「理不尽」さはのこる。

知っておかなければいけないのは、「革新的」なものや、「新しい価値観」はいつも「古い価値観」の組織から生まれてるってことだ。

どんな理不尽な組織の中でも、自分のパフォーマンスを発揮できる能力こそがこれからの若者に求められる大きな資質だろうな。

学校の先生もサラリーマンなんだ。事なかれ主義であることが当然さ・・・くらいに達観してて間違いはない。

人生において最大のパフォーマンスを発揮しなきゃいけないのは、30代から50代だ。

それまではすべてが人生体験。なんでもプラスにできる。

孤立してもいい。いや同級生あたりと大きな価値観の差を感じるくらいで人間はちょうどいいのさ。

 

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コメント(6)

ZZRさんいらっしゃい!
おもしろいこといいますねえ。
では僕は52歳なんで、17時で夕方の5時じゃないですか。
これから一杯やりにいこうかな?ってところかな?
うちの息子は、朝の6時で・・・二度寝して夢の中かも・・・。

こんばんは。
GWは帰省せず、自宅で家族で静養してました。

日経の土曜日版で読んだような気がしますが、
ある人の中学の卒業式で校長先生が言ってくれた言葉が、
「自分の年齢を3で割った数字が人生時間だ」とのこと。

15歳なら3で割って「5時」。
今は夜明け前の薄暗い時間帯だと言っておられたようです。

私なら42歳÷3=14時。昼休み(厄年前後?)を過ぎて、
今からもうひと頑張りって時間帯ですね。
いや、午後の睡魔が襲ってくる時間帯が厄年あたりなのかも。

定年の60歳なら20時。
一日の仕事が終わり、帰宅してホッとしている時間帯です。

バイカーさんの息子さんなら、朝の5~6時くらいでしょう。
明るくなりかけて、どこに向けて走り出せばよいかがわかり
始める時間帯ですね。うちの子たちはまだ深夜1時です。

icc-kazukiくんこんんにちは!
そうかあ・・・よくわかるよ。
僕も同じだったんだよ。誰しもicc-kazukiくんの時代があったんだ。
親は「安定」を求めるよね。
そりゃあ自分の子どもは世界のどの子よりも可愛いのは親の常だよね。
icc-kazukiくんの親だって可愛さ余っての親の干渉だ。
それは理解してあげよう。
僕だって二人の子どもの親だからよくわかる。
でもね、世の中に「安定」なんてないと思ってていいよ。
そんなものはない。
ちょっと難しい言葉を使うとね、人生ってのは高エントロピー(無秩序)を低エントロピー(秩序化)していく作業なんだ。
だから不安定なものを安定化させていくことが人生であって、安定を求めてさまようものではない。
これは似たような言葉だけど、ぜんぜん違うよ。
わかるかい?

こんにちは。

ちょうど今の私を表すかのような内容で、今までの自分を顧みることができました。
自分のチャレンジしたいことが絶対的”親”の存在からできなく自分の無力さに悶々としたり、
過去のトラウマから八方美人になってしまったり、周りとの価値観の違いから少々孤立しかかってますが、
最後の一文で勇気をもらいました。

やらなくて後悔したくない。好奇心が爆発してるのに抑制しなきゃいけない現実があり、「お伽草紙」を読みたくなりました。

もっとチャレンジをして自分のあるべき姿を創って理不尽に屈さないように色々経験を積みたいと思いました。

TDKeisukeくんおはようございます!
そうかあ、悩んでいるんだね。
僕も学生時代から、周りの友人や同世代と考え方があわなくて、価値観も違い、世の中が無意味に思えて仕方ありませんでした。
仕事も、サラリーマンを辞め、飲食店でウェイターをしたときに客として来た友人たちから「なんでドロップアウトしたの?」って聞かれたときびっくりしました。

飲食店でウェイターをしたらドロップアウトなの?・・・って。
世間はそんなものですよ。
自分がやっていることに自信さえもてればその価値でOKなんです。
ただし・・・、自分のやってることに自信がもてなきゃだめだよ。
これが難しいんだ。

青年期を終える頃までには(頭の中はいつまでも3歳児ですが)、30代からの自分の為に、沢山の事を経験し、学び、力を蓄えたいとぼんやり考えていたので今回の記事はタイムリーすぎて驚きました・・・。


若い世代の価値観は少し特殊なモノとなっている気がします。
周囲にいる同級生や仲間、そして僕自身の価値観がぶっ飛んでいるだけなのかもしれませんが・・・


それとは反面、周囲との価値観と自分の価値観の狭間で悩み苦しんでいる若者はすごく多いとも感じます。
最後の一文はそういった若者に対しての励みの言葉に!!!

これから相談を受けた際に使わせていただきます!

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