「知る」とは、どんな些細な物事でも、どのように全体に結びついているかを知ることである。

‐[1868-1951] フランスの哲学者 アラン(本名エミール=オーギュスト・シャルティエ)『幸福論』より‐

久々の更新です。ご心配おかけしました。

長らく更新できずすいませんでした。当社恒例の社員面談が入りまして、メールチェックすらままならない状態です。

さてハワイから帰ってきて2週間になろうとしています。その後に長崎の離島の壱岐出張、東京出張とめまぐるしくすごしています。

今回のハワイ行きは、マウイ島2泊、オアフ島(ホノルル)2泊でしたが、行きの飛行機内から久々小説を読破しました。

カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』

この物語は設定がショッキングです。臓器移植のために人工的に生まれてきて育てられるクローン人間の物語です。

ありえない設定ですが、そのショッキングさを感じさせないように物語は淡々とすすんでいきます。

「死」を前提に人間はどう生きられるのか?

「わたし」は誰なのか?

この根源的な問いかけは、クローン人間という設定を超えて僕たちに問いかけてきます。

ハイアットリージェンシーマウイの部屋から見える一面の青すぎる海・・・。

パラグライダーがクルーザーに引かれ空中を飛んでいる。

僕にとって非日常・・・、でもここでは日常。

いまもこの瞬間、餓死して亡くなっていくアフリカの子どももいるだろう。

東日本大震災の被害者は途方にくれているだろう。

福島第一原発では不眠不休の決死の作業が続いているんだろう。

なんなんだこの光景は・・・そんなことを感じていた。

 

生まれた場所が違う。肌の色が違う。宗教が違う。

クローン人間だって外観はなんにもかわらない。

でも、僕ら人間は・・・その些細な違いをあげつらって差別したがる。

人間という本質はなにも違わないのに。

 

朝、5時からマウイホテルの周辺を散歩した。

ビーチのすぐ後ろ側に見渡すかぎりの「墓」があるのが気になっていたからだ。

遠めから見て、日本の墓によく似た石の墓だったからだ。

リゾートビーチとおびただしい和式の墓・・・シュールだな。

それは・・・やはり高さ1メートルくらいの小さな・・・おびただしい日本人の墓だった。

「明治22年 熊本県出身 小林●●」 サトウキビ労働者としてこんなにたくさんの日本人が移民してきてここで亡くなったんだな。

石工がいたから小さくてもこんな立派な墓があるんだろうな。

あなたがたはこの南海の小さな島がこんなリゾートになるなんてとても想像できなかったでしょうね。

あなたがたの子孫が目の前のビーチでサーフィンやボードセイリングに興じてますよ。

こんな小さな島で亡くなったなんて無念でしょうね。

僕らを勘弁してください。なんか泣けてきた。

 

ふと見ると・・・ビーチに白いポルシェ初の4ドアセダン「パナメーラ」が走ってきて、いかにも!っていうセレブのおじさんが降りてきた。マウイに別荘でも持ってるのかな。

このセレブなおじさん、ビーチで寝泊りしてる(んだろう)初老のサーファーと話し始めた。

二人は初対面みたいだ。

浮浪者みたいな初老のサーファーとパナメーラのセレブおじさんが談笑してる。

「波はどうだい?」「ああ、今日はいい波が来そうだよ。昼ごろかな・・・」

 

僕は衝撃を受けた。

こんな光景は日本じゃありえない。

日本では、パナメーラに乗ったセレブと、浮浪者サーファーは別世界の人間だ。

でもマウイでは、そんなことは「些細な違い」なんだろう。

このセレブおじさんは、ビジネスかなんかで成功して今があるんだろう。

そしてこの浮浪者サーファーおじさんは、人生をサーフィンにかけたからこそマウイにまで流れてきたんだろう。

このビーチには「住所不定」のサーファーがいっぱいいる。

こんなに好きなものに人生をかけ、二人は認め合っているから談笑できるんだろう。

カネがあるかないかなんて「些細なこと」なんだ。

人生を大いに楽しんでいるってことが二人の共通点なんだ。

やっぱりハワイにきてよかった。

 

価値観の違う人間がたくさんいる。

小さなことを「知る」ことによって全体が見えてくる。

僕らは「些細なこと」を重大な違いと思ってる。それは幻想だ。

僕らが「重大なこと」って思ってることこそ些細なことなのかもしれない。

でも、頭の切り替えは難しい。

 

それでも一応の結論はでた。

今、目の前に起きている困難から逃げちゃだめだってこと。

その道がどこにいくのかはわからない。

でも途中下車すると、あらぬ方向にいかなきゃならない。

とにかく進むんだ。

その道は「つまらない道」「くだらない道」に見えるさ。

ハワイは楽園に見えるさ。

でも100年前ここでサトウキビを収穫してた人たちにとってここは地獄だったかもしれない。

つまらないと感じるのは、感じてる自分がつまらないからだ。

くだらないと感じるのは、感じてる自分がくだらないからだ。

 

僕らが生きてるつまらなく、くだらない世界だって、違う人がみたら楽園に見えるんだ。

日本?不況?震災?・・・・それでも日本はすばらしいだろ?

あいかわらずマウイの海は青すぎる・・・。

パナメーラは・・・走り去って、初老のサーファーは波を待っている。

 

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icc-kazukiくんいらっしゃい!
人生なんてくだらない・・、つまらないもんだって思える時期があるんだよ。
僕だって君の歳のころはそうだったんだよ。
自分が無力で、未来に楽しみなんかあるとは信じられず、上見りゃきりなし。

でもね、icc-kazukiくんを見上げて「なんて幸せなんだろう」と思う人が世界にはごまんといるんだよ。
今は楽しめなくていい。
今は不安でいいんだ。
そういう経験こそが大事なんだ。
人が信じられない・・・それでもいい。
その「混沌とした今」が、icc-kazukiくんの「あるべき未来」の基礎になっていくんだよ。

こんにちは。
面接、出張お疲れ様です。
死を前提として生きる、私もそのような思考です。
そういう思考からか、今、つまらない、くだらないと思って日々生きています。
人生を楽しむには苦労も必要だし努力も必要だと頭ではわかるのですが、
頭だけではどうも実行には至りません。そんな自分はつまらないなと感じています。
しかし、この記事だけに限らず船橋社長の記事を読ませていただくといつも考えさせられ元気がでて、次につながります。
困難に逃げないよう頑張り、”人生を楽しむ”、楽しかったと思えるようになりたいです。

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