社長には、むしろ欠点が必要なのです。欠点があるから魅力がある。

つきあっていて、自分の方が勝ちだと思ったとき、相手に親近感を持つ。

理詰めのものはだめなんですね。

‐[1910-88]  静岡県出身の本田技研創業者 本田宗一郎の腹心 藤沢武夫副社長『経営に終わりはない』より‐

ホンダといえば天才・本田宗一郎・・・っていう名がすぐうかぶ。

まさしく日本人には珍しい不世出の天才経営者・技術者・発明家。

バイカー修ちゃんのようにバイクが好きなものにとって、ホンダはバイク界のトップブランドだし(じつはバイカー修ちゃんホンダのバイクは持ってない・・・ww)、世界中のライダーがオートバイ史に最も貢献した人物のダントツ1位にあがるくらいの天才、本田宗一郎。

しかし、本田社長だけではとっくのムカシにホンダは倒産してたんじゃないかってのはよく言われるハナシだ。

ホンダを世界企業にしたのは、天才・本田宗一郎と真の経営者・藤沢武夫がいたからだって言われている。

会社ってのは不思議なものなんだ。

バイカー修ちゃんは社員によく言ってるんだ。

「うちの会社は、やれもしないことを、やれるように言ってる詐欺師みたいな会社じゃないか?」ってね。

どういうことかっていうとね、わが社にも社内のIT化に後ろ向きな幹部社員がいる。

彼らはまじめだから、経営的にこういう厳しい時期は投資を抑えようとしてるわけだね。

それは、中間管理職としては正しい選択なんだろうとは思う。

でもね、わが社は「ITでお役立ち」をする会社なんだ。

「厳しいときこそIT投資」をすべきですってお客様に投資を促しているんだよね。

ならば、わが社はどこよりもIT投資をし、目に見える効率化と経営改革を行わなければならない。

そうしてこそ、「やれることをお客様に提案する企業」ってもんだ。

 

しかしながら、世の中はわが社だけでなく、「言ってることとやってることの違う企業」が多すぎると思うぞ。

ま、企業どころか政府そのものがウソ言うんだから国が乱れるはずだよな。

本田宗一郎さんの本当のすばらしさは、ご本人の天才ぶりや、破天荒の人生などではなく、藤沢さん以下、多くの人材・逸材を育ててきたことにあるんじゃないだろうか?

だから「浜松のエジソン」の町工場は、世界のホンダになったんだろうと思うぞ。

同じ時代を生きた、同じ業界の天才、イタリアのフェラーリ創業者、エンツィオ・フェラーリさんもすごいけど、企業家としては本田宗一郎さんの方が数段成功していると思う。

それはやはり人を魅了し、人を育てるたぐい稀な能力を本田さんが持っていたからだと思うし、藤沢さんの大変な能力も、本田宗一郎その人がいたから発揮されたんだろうな。

僕にはそんな能力はないだろう。

でも、僕のまわりの社員さんやビジネスパートナーの方々も本当に優秀な人たちが多いと思う。

僕自身にはたいした力はないんだけど、みんなの力で会社の経営が成り立っているんだと最近よく感じる。

もっといい会社にしたい。その気持ちは誰にも負けない自信がある。

そういう僕を引き立ててくれるみんなに心から感謝している。

 

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コメント(9)

こちらこそ、わざわざお越しいただき、また貴重なお話しを伺えまして誠にありがとうございました。
「文明開化の長崎」で、洋食系には目がない、私たち夫婦にとって「長崎さるく」がいっそう楽しみになりました。いろいろ美味しいお店を教えたください。
よろしくお願いします。・・・人志マンより

たごちゃんおはようございます!
最近は忙しくてツイッターもサボりぎみ・・・。
たごちゃんおっしゃられるように日本はこれほどの逆境は戦後経験はないでしょう。
その中でリストラもせず経営されるというのはすごいことだと思います。
お父さんはHAWKⅡに乗ってたんですねえ。
懐かしいなあ。僕もよく乗りましたよ。
僕の愛車は、HAWKⅡの前のCB400Fという赤いバイクでした。
人生において「平凡な」というのはないと思うなあ。
誰しも波乱万丈の人生なのではないでしょうか?
職種は人生においてあまり関係ないと思いますよ。

人志マンさんいらっしゃい!
この前は初めてお目にかかれて感激しました。
しかし、あまり話もできずまた再開する機会を探しましょう!
なんと!万才町の「紅灯記」?!
僕が以前、某メーカー系のコンピュータ会社に勤務していたときに、よく昼食に行った店ですよ。
からすみは高野屋かな?
長崎って街は、裏町通りに風情があるんですよね。
意外ですが・・・長崎は「文明開化」の町なので、洋食系もおいしい店が多いんですよ!

修さん、こんばんは。

私の勤める会社は、一見ワンマンなオーナー社長が一人で仕切っているかのように見られがちですが、腹心の幹部役職員がきちんと職責を果たしているから成り立っているんだと、最近そう思えるようになりました。たとえば、この厳しい経営環境下で職員をリストラすることなく社業を維持してきたところなどは尊敬に値すると思います。

さて、余談ですが、私とバイクとの出会いといえば、父が39歳で乗り始めたホンダHAWKⅡですかね。よく後ろに乗せてもらってました。思い出深いバイクです。伯父と叔父も父とともに長崎県警で、交通畑で白バイにも乗っていたのかな、よく覚えてないけど、それもバイクへのあこがれを増幅していった要因のように思えます。小学校の頃の将来の夢は警察官になって白バイ乗りになることでした。白バイ乗りになる夢も果たせず、バイクも手放し、いまや平凡なサラリーマンになってしまいましたが、私の人生これで良かったのかね~。妻と二人の子供を得られたのだから悪くはないですね。平凡な人生もそれはそれで味があると思います。

 週末、仕事を終えて、女将(かみ)さんと美味しい中華を食べたいと長崎自動車道を走り出した。もちろん宿泊は修さんのホテルクオーレ長崎駅前。チェックインが22:00を過ぎたので残念ながら中華は明日にお預け、朝一番に朝食(内容、ボリュームにびっくり!ごちそうさまでした)をいただき、目指すは長崎歴史文化博物館、こちらも修さんご推薦。正直、長崎県立美術館ほど感動は起こらなかったですね。(スミマセン)お昼はお目当ての中国家庭料理「紅灯記」(万才町)へ「ねぎソバ・ギョーザ・チャーハン・シューマイ・ワンタン麺セット・五目ソバ(やわらか麺)」を二人で完食しました。(特にねぎソバはあっさり系のスープに麺とネギのコンビネーションはバッグンで大満足!!)そこから賑町、築町の商店街をさるくし(カステラは実家用へ、からすみは知人への贈り物、かまぼこ、酒まんじゅう・草もちは自宅用と買い込み)長崎の下町散策を満喫しました。修さん、今回は食べ物の話ばかりですみません。・・・人志マンより
P.S:会社も家庭も相棒次第ですね!!

ヤマグチ マサヨシさんはじめまして!
つたないブログですがよろしくお願いいたします。

バイカー修ちゃん
いつも話題豊富で楽しんでいます。
どんどん頑張ってください。

松さん、ども!
そうかあ・・・、ポップヨシムラもそうですよね。
いいたかないけど、いい時代だったよなあ。
バイクに乗って走ることが、僕らが青春時代のみんなの共通キーワードだったですよねえ・・・。
18歳の頃、CB400Fに乗って、虹の松原にツーリングに行ったとき、はじめてホンダCBXを見たんです。
6気筒1000ccのスーパーバイクを!
しゃがみこんで穴のあくほどながめたなあ・・・。
あの頃のホンダはすごかったなあ。
僕も「ホンダ党」で、スズキやカワサキなんて「ダサ!」と思ってました。
バイクはホンダ!その次はヤマハ!って思ってたなあ・・・。
もう一度あの時代に帰りたいなあ・・・。

毎度!修さん
藤沢武夫さんと 本田宗一郎さんの出会いは ほんとラッキーでしたよね。

おっしゃる通り、藤沢さんと出会って無かったら ホンダは倒産してるか ここまで大きな企業には成ってないでしょうね。

ポップヨシムラと本田宗一郎さん同年代に かたや九州・かたや東京で修業したとは言え 浜松での創業の企業で 同じように天才技術者の会社ですが、ヨシムラには残念ながら 藤沢さんが居なかったんですね。

ヨシムラに藤沢さんが居たら 変わって居たでしょうね~

よく思います 私の前にも藤沢さんみたいな人が現れないかな~ってね・・・・・ま、その前に私が本田宗一郎さんとは比べものにならない人間ですから 間違って現れても どうにも成りませんけどね。

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