司馬遼太郎

20世紀初頭の日本の責任者たちは、自虐的なほど「自己の弱さ」については、計量しぬいている。

「弱さ」についての認識と計量が、よき――少なくとも懸命な――外交を生むのかもしれない。

‐[1923-1996] 小説家・評論家 司馬遼太郎「日本人の二十世紀」より‐

日曜日の早朝7時から例によって、ダンベルを片手に山の上の「荒平町公民館」までジョギングをした。

台風9号の影響だろう、曇り空に湿った風が吹きなかなか心地よい。

高校生の息子は、ボーイスカウトの世界大会でスウェーデンに行き、フェイスブックを見ると楽しくやっているようだ。

まったく現代のテクノロジーには驚くばかりで、北欧の国に行ってるって感じがしない。

「荒平公民館」まで駆け上がったら、ご近所のご夫婦が仲良く早朝ウォーキングに来られており、挨拶を交わす。

「おはようございます!いつも仲がいいですね!」

「船橋くんも感心だねえ。よく続くねえ!」

人口9万のこの小さな地方都市「長崎県大村市」。

そこで小さな企業を営む僕。

そこには社員さんが働き、ささやかな生活を営む。

山の上から長崎空港が見える。

旅客機の上昇力ってすごいな。かなりの急角度で上昇していく。

昔、この大村市を守っていたプロペラ戦闘機「紫電改」なんかより上昇力が強いんじゃないかな。

足元を見る・・・・小さな蟻たちがせっせと動き回っている。

ここにも「閉じた世界」がある。

じっと見ると、彼らの世界にも統一した秩序があるように見える。

このくらいの地方都市はみんな「町の発展」を主張する。

みんな「わが町の強み」を言う。

そんなもんいるのかな?

なんにもなくてもいいじゃないか。

日本中が「できそこないの東京」になっちゃ困るよね。

この美しい自然とご近所が仲良く会話ができるこの環境。

みんなが振り向きもしない「弱み」の中に、このすばらしさがあるような気がする。

僕はこの町が大好きだ。

東京なんて「レッドブル」のエナジードリンクと一緒だ。

たまに飲めばそれでいい。

言葉と虚構のインテリが集まって、あーでもないこーでもないと言葉遊びばっかりしてるだけだ。

幸せってのは、カネ払ってジムに言って黙々とランニングマシンに乗らなきゃいけないようなトコロにはない。

青く育った稲穂の棚田の中をダンベル持って駆け上がって、ご近所さまと挨拶をして、気持ちのいい汗を流せるこの環境にあると感じる。

仕事?苦労?そんなもん、なんとかなるさ。

人生においては大した問題じゃない。

自分の弱さと自分の分際をわきまえて、いまやれることをやるだけだ。

ほとんどの人は、インテリ頭で考えて、言葉遊びして、けっきょく他人事みたいな評論をして何もしないのがオチだろう?

まず、汗を流せ。

毎日何かやれ。

仕事に関係の無いマニアックな趣味をもて。

とてもシンプルな処方箋だろ?

走ればわかる・・・自分の体力の無さが。

毎日やればわかる・・・自分の根気の無さが。

マニアックを趣味をもてない?・・・そりゃ仕事もマニアックになれないはずだ。

弱さを知ったら、身体をシンプルに動かしていまやるべきことをやるしかないってわかるはずだと思うぞ。

弱さを知れば・・・他人との付き合いにも素直になれる。

強がっている中堅サラリーマンほど慇懃無礼(いんぎんぶれい)な人種もいない。

ビジネスホテルのフロントを見てるとよくわかるよ。

素直になれば頭も低くなる。

それがどれだけ人生において糧になるか・・・。

素直さこそ、もっとも大事な素養だと思うぞ。

 

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コメント(4)

たごちゃんお久しぶり!
わかるなあ・・・その気持ち。
毎日のすれ違う人・・・その人たちを哲学的に言うと、「未来から流れてきた時間」といえるかもしれないよね。
その人たちとあいさつを交わあし、ふれあっていくことによって、新たな未来が創造されていく・・・。
自覚はしないけどね。
だから行動は未来を変えるんだよね。

人志マンさんおはようございます。
充実した地域ライフをおくっているようですね。
かつて無責任人間だったころは、「人を信用」できなかったんでしょうね。
人間、人を信用できないと無責任になりますからね。
今の地域は信用できるんでしょうね。
ある意味、ネット社会も擬似的信頼関係でなりたっているところがあるので、人間の駆け込み寺みたいになってる感もありますよね。

修さん、こんばんは。
梅雨明けしてから早朝のウォーキングというか散歩というか徘徊のようなことを続けています。

実は運動不足から腰痛がひどくて(本当は椎間板ヘルニア持ち)、途上の神社での参拝もうまくできません。いわゆる二礼二拍一礼ですけど、神様には僕の願掛けの言葉じゃなくて、イテテテテテ!という心の叫びしか伝わってないんじゃ無かろうかと思います。

40分ほどかけて2㎞ちょっとのコースを歩き終え、汗だくになった体をタオルで拭いながらの1杯の麦茶がまた格別おいしいんですよ。およそストイックとほど遠いお散歩ですけど、毎日のようにすれ違う人との挨拶も何ともいえず心地よいです。

 こんばんわ。修さんがジョギングで汗を流している時に、私は区域の定例清掃にて汗を流していました。2月迄住んでいた福岡市では地域活動とはまったく無縁でした。福岡市もミニ東京街であり、私も批評はしても動きが伴わない典型的は無責任人間でした。しかしながら、今回の地域清掃活動に参加すると女将(かみ)さんに話したところ、「あなたも変わったわね!!」と驚かれました。我社も「地域社会になくてならない会社」を目指しております。私自身が地域の取組みに参加しないでどうすると言い聞かせた。蝉の声と草刈のチェーンの音が交錯する日曜日の朝でした。
P.S:当社の基本方針は「鄙事多能(ひじたのう)」・・(身近な雑事に対していつも多能で器用でなくてはならい)」(福澤諭吉が長崎の蘭学修行時に使った言葉です。)

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