ポール・ゴーギャン

『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Woher_kommen_wir_Wer_sind_wir_Wohin_gehen_wir.jpg

‐[1848-1903] フランス後期印象派の画家ポール・ゴーギャン1898年製作の絵画のタイトル‐

今朝、Facebooktwitterである女性が子どもさんと作った夏休みの貼り絵作品が載っていた。

これが素晴らしくて、ふとこのゴーギャンの絵を思い出した。

『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Woher_kommen_wir_Wer_sind_wir_Wohin_gehen_wir.jpg

今の日本を象徴するようなタイトルだと思いませんか?

僕は以前ボストンへ行ったとき、この絵を見たくてボストン美術館に行こうと思っていたんだけど、団体だったもので断念した記憶がある。

バイカー修ちゃんは、ピカソの『ゲルニカ』に優るとも劣らない人間の無力さを象徴する作品だと思っている。

ゴーギャンの名言として『「観る」ためには目を閉じるのだ』という言葉があるよね。

http://www.q-bic.net/biker_blog/2006/06/post-91.html#more

これなど、仏法や武芸でいう「心眼」そのものだね。

いったい日本は日本人はなにをやっているんだろう?

いや世界は世界の人はなにをやっているんだろう?

カネに飢え、カネの亡者となって、カネを正当化し、カネ儲けを国是とし、カネの奴隷になる。

まるでこの絵の無気力な老女たちのように座して死を待つカネの敗者と、勝ったのもつかの間、もっと大きなカネの亡者に食われて死ぬ「愚か者」の集団なのか?

我々は、一羽の言葉も持たない無力の白い鳩にも劣る存在なのか?

政治とは経済とは、意味もない言葉遊びのたわごとなのか?

無限の悠久を、人類の悩みを、一枚のキャンパスに二次元の絵の具で表現するこのゴーギャンこそが人類の叡智(えいち)と言えはすまいか?

しかしゴーギャンも生前は不遇だった。

今朝の子どもの絵のように、人間は子どもの頃はみな天才だった。

大人になるごとに、汚れ荒み、他人の目を見、己の考えを捨て、他人のイデオロギーで生きていく存在に成り下がる人が大方だ。

それが選んだモノが世界を動かすのが「民主主義」なんだと思うぞ。

くだらないテレビの政治画面なんか見るのはやめよう。

ゴーギャンの絵を観ながら、『我々はどこへ行くのか』を考え、子どもの描いた昔の絵を観て、『我々は何者なのか』を考えようよ。

そこに、少なくとも私たちの今の立ち位置があると思うんだ。

どこに立っているかもわからずに、「私がどこへ行くのか」がわかるはずないだろう?

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