本田宗一郎

俺は、いつもチェックのシャツに作業ズボン。

夏になればアロハだし、背広なんかめったに着ねえな。
だからネクタイなんかめったにしめない。
カネで首を縛られてるうえに、あれでしめられるのは沢山だよ。(笑い)

‐[1906-91] 静岡県出身の本田技研創業者 「浜松の発明狂」本田宗一郎1958年経済誌『財界』でのインタビューより「背広はあまり着ないようですね・・」の質問に答えて‐

みなさん長崎は今日は雨模様・・・。

今日は、あの天才経営者本田宗一郎が世に知られた頃の記事を紹介しましょう。

今、本屋さんに並んでいる本田宗一郎は、「天才」「日本人らしからぬ世界的経営者」などと美辞麗句が並ぶ。

ここまで偉大な人になると、「さん」付けでなくて紹介できる。

それはまったくそうだし、浜松の中小企業からあの「世界のホンダ」を一代で築き上げた偉大な経営者だ。

その本田宗一郎も、世に知られた頃は、「浜松の発明狂」「カミカゼ族の親分」とあまり世間からの評判は芳しくなかった。

この『財界』の質問もまたいやらしいんだな。

 

――この世の天国はなんですか?――

――神信心はなさるんですか?――

――お若い頃は、いい時代だったんでしょうねえ――

――なぜ、そういう服装を?――

――「カミカゼ族」の横行は本田さんが高馬力のオートバイをじゃんじゃん作って売りまくった、という責任はありませんか?――

 

悪意に満ちた質問だろ?これがベンチャー企業の社長へのインタビューか?

なんか、ソフトバンクの孫正義社長たたきを思い出すなあ。

日本のマスコミってのはほんとにいやらしいねえ。

読者のみなさん、マスコミなんかにダマされちゃあダメだよ!

この記者は、目の前のイカれた男がやがて世界のホンダの総帥になるなんて思ってもいなかったんだろうな。

これが当時の本田宗一郎のイメージなんだ。

この「傾奇者(かぶきもの)」度合いは経済界の織田信長だな。

今から約50年前の話だね。

本田宗一郎もとんがってた。彼が創るバイクは独創的だった。

日本一の自動車メーカーがいまだ作ってる「なんちゃってドイツ車」じゃなかった。

自動車も作ってないのにF1に出て・・・チャンピオンになった!

何年もチャレンジして一勝もできず撤退したメーカーとは違う。

 

その独創性を世の中はまったく理解できなかったんだね。

若者よ。こんな日本人がかつていたんだよ。

本田宗一郎・・・この偉大な名前だけは覚えておいてほしい。

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コメント(2)

松さんいらっしゃい!
ネットで確実に情報の表出化と変化は、世界の状況みてても感じますねえ。
でも、日本ではどうでしょう?
この原発問題や「核」に関しての問題はいまいち盛り上がりに欠けているような気がするのは僕だけでしょうか?
昨今・・・ホンダも普通の会社になっちゃったような気もするし・・。
もうちょっと我々ライダーが驚くようなものを作って欲しいですよね。
しかし・・・CB1000売れているようですね。

ども!修さん 本田宗一郎さんで 書き込みしない訳にはいかないだろうと またやって来ました。

昨日一緒に仕事してた元上司の御孫さんの名前が「宗一郎君」・・本田宗一郎さんにあやかって息子がつけたらしいです。

やっぱ 丁稚上がりの本田さんが作った会社が世界でも有数のメーカに成った・・・学の無い技術屋の端くれとしても あこがれの人です。

しかしホントマスコミとか全く信じられないですね 確実に情報操作は行われているし その事実はネットで相当広まってるようでも まだまだネット見ない人達が圧倒的に多いからなんでしょうか?

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