加藤 廣『信長の棺』より楠木正辰(まさとき)の台詞

大村藩の大村純忠(すみただ)めが、佐賀藩の龍造寺との戦闘で金に枯渇し、ポルトガル人から長崎付近の年貢一切を担保に入れて銀百貫を借りた。

ところが返済期日に返せないため、担保流れとなり、殿下(秀吉)の行かれた頃は、「長崎」一帯は切支丹の領土となっていたのですぞ。

殿下が年貢調べをされて初めて判った。農民は年貢を教会に持参していました。

ただちに、大村に代わって殿下が支払われて、領土は取り返され、事なきを得ましたが、「長崎」の借地だけは変換されませぬ。

日本の恥と思われた殿下のお計らいで、このあたりの紛争は、あまり公にはされていませぬが・・・。

[1930-] 東大法学部卒 中小公庫(現日本政策金融公庫)出身 作家 加藤 (ひろし)『信長の棺』より楠木正辰(まさとき)の台詞

バイカー修ちゃんは、長崎県大村市の「大村市史編さん委員会」の「有識者委員」として大村市の歴史を編さんする協力を行っているんだ。

「有識者」ってのが気恥ずかしい。大学の先生や、史談会の方々の中でどうも自分の居場所が定まらないってのが正直なところだね。

で、やっぱり大村=旧大村藩ってことになると、長崎の話になっちゃうんだよねえ。

日本初のキリシタン大名、大村純忠・・・キリシタン受難の町ナガサキ・・・。

こんなロマンティックな話しが歴史の先生方は大好きなんだ。

なんせ学者は「経済」にまったく関心がないだろう?

戦争や闘争はすべて「経済的理由」ではじまるものなんだ。

宗教や理念はあと付けの「大義」なんだ。

大村純忠がキリシタンに改心したのは、まちがいなく隣の大藩佐賀・龍造寺との生存を賭けた武力闘争で弱小藩大村藩が破産しかけて苦肉の策で、ポルトガルからカネを借りたのが原因だと思っている。

いみじくも小説で加藤廣さんが書いてくれたようにね。

でもね、これを強く委員会で主張するんだけど、先生方は消極的なんだ。

「夢がこわれる」って理由で・・・。

おいおい!

ヨーロッパの歴史なんかはこういう「経済闘争」が生々しく書いてある。

日本もオブラートに包んだような、ロマンティックな歴史観なんかじゃもういけないと僕は思っている。

まあ、このへんでおさえておこう。

皆さんはどう思いますか?」

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コメント(4)

彷徨う京ちゃんいらっしゃい!
恐るべきマイナーな卒論だねえ。でもその論文だとすべてが京ちゃんオリジナルだろうから、昨今のコピペ論文とは重さが違うと思うぞ。
学問をされる方は、経済にはあんまり興味がないってこともあるだろうけど、「結果論」を重視してるんだろうと思うんだね。
結婚だって「あの人の誠実さにひかれた・・」ってのは結果論で、本当は「かわいいから声かけた」っていうみもふたも無い理由が原因だったりするんだね、ここに注目すると歴史はまったく違ったものに見えてくると思うんだよ。

修さん、おはようございます(^^♪

大村藩とキリシタンのことは私も興味があるんですよ~
実は、卒論が「五島福江島三井楽町」と「大村市」の
「通婚圏」ってやつでぇ

まぁ
マイナーですね(笑)
歴史地理の分野と人口地理の分野の卒論で
ほとんどやってる人がいませんでしたねぇ

でも、確かに先生方はロマンを求めがち・・・
学校の先生は特にね

松さんおはようございます!
そうそう、歴史っていうものは「都合のいい解釈」だったりするんですよね。
小林秀雄が言ってるんですけど、歴史の解釈でいけないことが二つあるって言うんですね。
ひとつは、「大衆小説的歴史解釈」なんかドラマみたいな歴史解釈・・・まあこれがわれわれ一般人の歴史解釈だよね。
二番目が、「考古学的歴史解釈」ってやつ。
どういうことかというと、「聖書に書いてあることは間違っている!」ってやつですね。
小林先生曰く、「書いてあることをそのまま信じる」ことが歴史なんだそうですよ!
難しいですねえ。

修さんおはようございます。

大村の歴史ですか・・・楽しそうですね。
私も結構松浦近辺の歴史(ま~松浦党って事になりますが)が好きで それなりに興味持って 本読んだりしてました。

でも、歴史って 後の世の人の理想が事実を少しずつ変えて伝わってますよね・・殆ど!
(今の戦国の歴史はなんか江戸時代に作られた歴史小説が事実に成ってるみたいだし・・・三国志だってそうですね)

それも 面白いし 本当の歴史を探るのも 又面白いですね~ 年号覚える歴史の授業はまっぴらですけどww

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