モンテーニュ『エセー』

生命の喪失が不幸でないことをよく了解したものにとっては、生の流れのなかに何の不幸もありはしない。

我々は皆、同じところへ押しゆかれ、我々全部の運命の壺が回されて、遅かれ早かれくじが出され、永遠の死に向かう小船に乗せられる。

[1533-92] フランスの思想家・哲学者 ミシェル・エケム・ド・モンテーニュ『エセー』より

「バイカー修ちゃん・今日の一言」が10日も滞って申し訳ありません。

じつは悲しい出来事があり、ブログを更新する気になれませんでした。

じつは・・・このブログの右上にあるバナー『長崎くんち情熱"HOT"大陸』の主役でもある、九州教具ホテル事業部のスター・2011年大黒町唐人船根曳衆でもある堀田英一くんが12月23日未明急逝しました。享年39歳でした。

http://blog.livedoor.jp/nagasaki_kunchi/

明るくて、前向きで、お客様からの信頼もあつくて本当にいいやつでした。

長崎が大好きで、昨年末に「社長、来年はクオーレ長崎駅前の大黒町はくんちの踊り町です!どうか僕を大黒町唐人船の根曳衆に出させてください!!」との立候補がありました。

いつも笑顔の堀田くんが始めて見せた真剣な顔でした。

ホテルという職場は、当然のことながら24時間営業で年中無休です。

たくみなローテーションで業務が成り立っている職場です。

スタッフである彼ら彼女らは「人が好き・接客こそ人間の行う最高の仕事」という信念に燃えています。

私もそう思っています。最高の仕事とは「人間と相対すること」です。

その彼らを「長崎くんち」に出せなかったのは、ひとえにこの業務上の制約があったからにほかなりません。

でも堀田くんの熱意をそれをかえました。「どうしてもでたい!!」という彼の情熱は、「どうやったら堀田くんを我らの代表としてくんちにおくり出せるか?」という考えに変わり、ついにそれまで各ホテルで行っていたローテーション・システムを長崎市内にある3店の九州教具ホテルグループでローテーションを行う「仕組み」をみんなでつくりました。

言葉にするとカンタンに聞こえますが、「ウィングポート長崎」、「ベルビュー長崎」、「クオーレ長崎駅前」各ホテルは、お客様も違い、提供サービスも違い、オペレーションがかなり違っています。

これをローテーション化することは大変「だった」のです。

しかし、今まで「できなかった」ことを堀田くんは「できること」にしたんです。

彼は、私とともに「大黒町唐人船」に根曳衆と大人(たいじん)で参加しました。

http://blog.livedoor.jp/nagasaki_kunchi/archives/4614742.html

この写真は、10月4日(火)おくんち本番前の「人数揃い(にいぞろい)」です。いわゆる顔見せですね。

堀田くんは仁王立ちの「風雷波(ふうらいは)」のポーズ。

僕はお偉い「大人(たいじん)」のポーズ。

この衣装・・・ホンモノの中国の生地で作った、大変なコストのかかったホンモノの衣装です。

この衣装とくんちの超ハードな本番の思い出が・・・堀田くんとの最後の思い出になるなんてまったく予想していませんでした。

堀田くん、あなたと僕は社員と社長を超えていた。

僕は、練習中も本番中も、常に笑顔で仲間や子どもたちに囲まれて、独特の存在感とムードメーカーである君が羨ましくもあり、誇りでもあった。

驕らず、もっとも年長の根曳衆でありながら、いつも人を立てる君に真からのホテルマンであり、ホスピタリティを感じた。

君ほど性格のよい温厚で情熱あふれる人を僕は知らない。

不慮の事故で先に逝ってしまった君に、残された家族や我々の悲しみははかりしれない。

しかしながら、僕らは君を忘れない。

素晴らしい仲間だった堀田英一をけっして忘れない。

どうか、どうか天国で安らかに唐人船を曳いてくれ。

堀田英一に大黒町唐人船の打ち込みの声援を送る!

いっしょに叫ぼう堀田!!

「福来(ヤーハ)!!福来!!福来!!福来!!福来!!福来!!」

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コメント(2)

P4Uサマ、社員をなくすということは本当に辛いことです。
先輩を亡くすという経験も複雑な気持ちでしょうね。おそらく、その体験をどこかで自分に置き換えて、居心地が悪くなってくるのではないでしょうか?
僕らの死も、似たりよったりの原因、結果となるのでしょうけれどもね。
この世の生というものに、意味を見出したい・・・それが僕らの思いでしょうが、本当は意味もなんにもないのかもしれない。
無慈悲にライオンに喰われるシマウマと僕らになんの差があるでしょう?
なにもないのかもしれないですね。

修さま
自社の社員さんが亡くなるとは、、、家族を無くされたような悲しさでしょう。お気持ち察します。
実は僕も、年末の12/17に会社の先輩を癌で亡くしました。
二年前に発病し、手術、入退院を繰り返し、治療に専念するために会社を辞め、病院の近くに引っ越してまで戦っていました。しかしながら、転移が激しく、今年の11月に治療を断念してホスピスに入り、2ヶ月程で亡くなりました。まだ54歳でした。
何回か見舞いに行きました。12/18にまた見舞いに行こうと予定していましたが、当日の朝、訃報を受けました。
ホスピスに入った時には、ある程度覚悟はできていましたが、残念で残念でなりません。

先日の「マルティン・ハイデッガーの言葉」のように、死を思い知ればこそ、生きる事の大切さを実感します。ボクの人生も残りどれ程あるのかわかりません。濃い人生を送るれられるよう、日々を大切に過ごしたいです。

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