社会がパターンをつくってくれないから、何をすべきかわからなくなった人は深刻に迷いだす。

だから自由度が高くなった分だけ、「不幸の可能性」も高くなっていくのである。

‐[1928-2007] 兵庫県出身の臨床心理学者 河合隼雄「科学の世紀とたましい」より‐

日本国の混迷はとどまるところを知らない。

原子力対策本部での会議で議事録をとっていなかったとされる問題。あの当時野田総理は官房長官だったはずだ。

ま、日本の報道はウソ八百の大本営だから、賢明なみなさんはこんな報道を信じちゃいけませんよ。

頭のいい官僚のみなさんが、議事録をとってないわけないじゃないか。

ありゃ当時の総理大臣あたりの「不適切な発言」がオンパレードされているんで、「出せない」ことを「ないこと」にしたと考えるのが普通です。

おそらく、アメリカさまの意向に反するトンデモ発言をなされたんでしょう。

あの民主党の総理大臣が、原発事故でパニクってなにを口走ったかは想像にかたくないと思うぞ。

ま、食えるだけで幸せだった戦後復興の時代は、「幸せのライン」も低かった・・・なんせ「食える」だけで幸せを感じれたんだから!

今は・・クルマがないと不幸。仕事がないと不幸。結婚できないと不幸。年金がないと不幸。

不幸、不幸のオンパレードだもんな。

バイカー修ちゃんは思う。

「モノ」がないとか足りないってのは、じつはすごく生きやすいんじゃないかって。

だって目標は明確だろ?

「腹いっぱい食べたい」だもん。それが「夢」だったんだもの!

客観的にいって、日本人の大部分は世界の90%の人たちより「モノ」的には圧倒的に恵まれている・・はずだ。

でも、「幸せ」の定義っていうのは際限なく膨らんでいく。ここに国家なり地域なり、家族一族の規範がないと、欲望のオバケになって、「自分は不幸だ症候群」になっていく人が多いように思うな。

自分自身の価値をどこに見出すか、喜びをどこに見出すか・・・。

つねに外の世界に「もっといいものがある」って思ってる僕らは永遠の「青い鳥」なのかもしれないな。

 

 

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