設計というものは機能と構造の連立方程式を解く行為である。

[1955-] 東大経済学研究科ものづくり経営研究センター長 藤本 隆宏 の言葉‐

人間50歳を超えると、自分の人生設計を考えるようになる・・・というよりも、考えてこなかった反省をするっていうのが当たっているかな。

これまで正直、「人生設計」なんて考えたことがなかったんだよね。

つい先般の日曜日、ほんの2時間くらい空いたんで例によって、一人でこもってバイクをいじっていた。

外見はきれいでも、さすがに製造されて30年~40年強もたってくると、ゴムやプラスティックの部品は劣化してくる。

それを見てて、「あ、もうそろそろ部品交換しなきゃな~。純正部品はないだろうなあ~。」なんて考えてるとき、ふと・・・

「僕が死ぬまでくらいなら、この部品はもつだろう・・・」って考えてる自分がいた。

もう人生のエンドを想定してるんだね。自分でも驚いた。

こうも考えた。

「僕が死んだらこのバイクどうなるんだろう?」ってね。

会社や家族のことはいつも考えている。しかし、自分のバイクがどうなるかを考え出したのは、3年前に友人から、 「末期がんの父親の形見のバイクを引き取ってくれないか?」と相談をうけ、実際引き取ったことからだった。

バイクってのは、大型二輪免許がいる。いまや特殊な乗り物の部類に入るシロモノだと思う。

おまけに危険だときている。

大方のご夫人やご両親は、夫や子どもが(最近は娘さんも)バイクに乗る・・・なんて言いだしたらそれこそ「やめてください!」っていいだすのが世間の常識だと思うぞ。

こんな危険な乗り物だからこそ、バランス感覚が磨かれて会社の経営なんて、もっと危ないことをやってる自分がいるんだろうと思うぞ。

悪いけど、クルマなんてバイクに比べたら怖くもなければ、スピード感もないし、メカ的な擬似安全空間に包まれた、おもしろくもおかしくもないただのハコにしか思えない。

ま、それでも、BMWやホンダのクルマ、スズキの軽なんかは、さすがバイク屋さんが造っただけあって、エンジン音や、ブレーキなんかに「さすが~♪」って感じるけどね。

メルセデスのバスっぽい運転感や、トヨタのファミレスの料理みたいな緊張感のなさはごめんだ。

ちょっとはずれちゃったね・・。

 

さすがに、僕らが高校生だった70年代の頃のように「暴走族」が社会現象化する時代とはうってかわって、今の子どもたちはバイクなんかに興味を示さない。

極端な国だよなぁ・・ニッポンって国は。

あの頃、バイクは社会悪の元凶だった。しかし今も「反社会的な乗り物」だと思われてるし、うちの奥さんも本当は「あんな危険なものに乗ってほしくない」と思っているんだろう。

でも、この歳まで生きられたのは、僕にとって、バイクっていう「駆け込み寺」か「避難所」があったからだ。

会社を経営しているのだって、極端な話、子どもの頃から夢だった70年~80年代の世界の名車を自分のものにしたいからだってモチベーションがあったからだと思う。

子どもっぽくて、くだらないと思いますか?

子どもっぽくてくだらないことに夢中になれる人しか生きていけない・・それが「文化の時代」だと思うよ。

 

仕事をするのは、生活のためには間違いないんだけど、自分で自分の道を決めたいと思うじゃない。

バイクを7台も持ってるっていうと「贅沢だ」って言われるけど、僕にとっては「人生の夢」なんだ。

その夢を実現するために、ビジネスをやってる。

「趣味がない」って人がけっこういるけど、何のために生きてるの?って思うな。

 

僕にとっての「人生設計」の「機能」と「構造」ってなんだろう?

「機能」とは、いかに人生をエンジョイするかだと思う。

「構造」ってなんだろう?それは、自分で自分の道を決めるってことだと思う。

僕にとってのバイクは単なるハードとしての乗り物じゃない。

DUCATI900SSってハードにこめられた、イタリア文化と歴史を手に入れることなんだ。

その熱意と研究から派生した「暗黙知」が僕にとってのビジネスの大きな肥やしとなる。

 

たった一台のバイクといえど、日本人とドイツ人、アメリカ人、イタリア人の考え方は驚くほど違うし、「なぜここまで違うのか?」と呆れかえり、かつ考えさせられる。

追加して刷り合わせる日本人に対し、切り捨てて目的を先鋭化するイタリア人・・・。

どんな本を読むよりも、素晴らしい教材が目の前にある。

僕の、考え方の根幹は、ここらあたりから来ていると思うぞ。

さて、自分の人生設計をそろそろ完成させなきゃいけない年齢になってきた。

ダサいと言われながらも、刷り合わせる日本人のままでいくか?

イタリア人のようにカッコ優先の美学に先鋭化するか?

はたまた、ドイツ人のように見てくれなんかへのカッパ。質実剛健のガチガチ頭になるか?

アメリカ人のように誰がなんといおうと「オレ流」でいくか?

バイクと対話しながら決めていこう・・・決してビジネスの中からこの決断は生まれない。

 

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コメント(2)

松さん、いらっしゃい!
人生50年って考えると僕はもう、終ってます・・・(V)o¥o(V)
自分の趣味は誰がつぐんだろう?って思うとね・・・。
うちの息子はバイクにはあまり興味がなさそうだし・・・。
今まで、家族の手前あまり子どもをバイクに乗せなかったんですよ。
今はちょっと反省しています。
でも、僕の数少ない(多いかな?)形見になるのはまちがいないですからね~。
松さんもその鉄塔(松浦スカイツリー)と巨大アンテナ(某国のスパイと思われますよ!)の今後はどうなるんでしょう・・・?

ども!修さん
「設計は・・・」その通りですね~私は、機械の修理も算数に似てるって思っていましたよ。

私の人生設計・・・持ってるバイクと一緒で行き当たりばったりww
W1SAだけは考え抜いたんですけど・・・良いお手本が有りましたんでね、おかげさまで。

しかし人生50年ですね~ 私の場合バイクはともかく 庭の鉄塔と巨大アンテナ・・・どうなるんだろう?

どう考えても後が短いので人の(装置)設計する前に自分の人生設計もチョットまじめに考えます。

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