ウィリアム・ジェイムズ

芸術的な読書とは、芸術的な「拾い読み」にある。

したがって、芸術的な賢明さとは、「何を捨てるか」を知る術にある。

-[1842-1910] 米国の哲学者・心理学者 ウィリアム・ジェイムズ1890年著『心理学原理』第22巻より-

 よく人から、いったいいつ、どのようにして、どのくらい本を読むのか?と聞かれる。

まあ、常に4〜5冊くらい持ち歩き、乱読する・・って感じかな。

現にいま持っているのは、シュレーディンガー『生命とは何か』、夏野剛『なぜ大企業がつぶれるのか』、雑誌『マグナカルタ』、ショーペンハウエル『知性について』、カール・セーガン『百億の星と千億の生命』、ゲーテ『ファウスト上巻』がバッグの中に入っている。

ちなみにゲーテ『ファウスト』はいつも持っている。この戯曲は何度読んでもおもしろいし発見があると思うぞ。

どんな哲学者が善悪を語ろうと、どんな経営者が効率主義的な利益万能論を並べようと、ファウスト博士と悪魔メフィストフェレスの対話にはおよばない。

ということで、どんな読書をしてるのか?という質問には・・・まさに乱読ってかんじですねえ。

しかし誰しもこんな分厚い本を一気に読めるはずはない。

 

で・・・どうしているかというと、今日のウィリアム・ジェイムズの読書法を実践してるんです。

そう、「拾い読み」です。

どんな立派な本も、重要でコアな内容はその本の10%くらいしかない。

ショーペンハウエルおじさんなんかは、90%がボヤキです。

90%が「今どきの連中は頭も悪くてなっとらん!!」とボヤいております。

こんな先生が大学のゼミの先生だったら学生は大変でしょうなあ・・・。

 

なので、ささっと読み飛ばしているんです。

でもね、これもどこを「読み飛ばして」「捨てるのか」ってのは一種の技術ですね。

長年、読書をしててやっと身に着くものだと思うぞ。

 

そして、僕の本は・・真っ赤になります。

本にいっぱい書き込むからなんです。もう付箋紙なんかじゃ追いつかず、表紙の裏に重要なページを書き込んで、あとからすぐ見れるようにしてるし、そのページにもいっぱい書き込んでいます。

「ここは○○という本のp245と関連性あり」とかね。

それが、この「バイカー修ちゃん・今日の一言」のネタ元になっているんです。

 

僕は、ほとんどテレビを見ません。夜9時のNHKと、つまらないけど「報道ステーション」を見てスポーツになるとスイッチ・オフです。

ドラマも観ないし、お笑いなんかまったく興味ありません。ムカシからです。

テレビは映画の再生機だと思ってますね。

あんなくだらないものに時間はかけられないし、だいたいテレビの番組なんてほとんどうそばかりです。

 

ショーペンハウエルのような偉大な哲学者の本ですら10%くらいしか、コアな部分がないのに、いいかげんでC調なテレビ局のディレクターがつくったドキュメンタリーに見るべきものがあるはずもない。

 

で、本を拾い読みすることをお勧めいたします。

ジョブスもゲイツも哲学者です。いまの日本の企業が苦戦している真の理由は、技術や円高の問題じゃない。

経営者に「哲学」が欠けているからです。

「高級」っていわれるものの、その「高級」っていう概念が哲学そのものです。

メルセデスベンツがつくる自動車や、フランク・ミュラーの時計には「哲学」がある。

カタチだけマネて、ソフトクリームをおまけにつけるような「高級車」のでる幕はないんです。

 

これからは、ソフトウェアの時代になる。ソフトウェアはカタチのない「付加価値」そのものです。

現代日本人がもっとも苦手の分野だといえるでしょう。

自分なりの哲学を持つには、まず先人が何を考え、何を実践してきたのかを知る必要がある。

過去を踏まえないと現在は理解できないし、現在の誤った理解は、未来を見失います。

みなさんも、どうか古い本でも拾い読みして、哲学してみてはいかがでしょう?

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コメント(4)

ppさんおはようございます。
そうですね。僕も同意しますよ。
宗教に傾倒しすぎて原理主義的なテロに走るなんて言語道断ですし、ムハマドもイエスもそんなことは望んでいなかったはずですよね。

また過度に金儲けに走ったりする怪しげな新興宗教、高級車を乗り回す住職・・・情けなさには事欠かない現代の宗教ですもんね。

幸せなことに僕のお世話になっているお寺さんはとてもまじめで人間味にあふれ、長男がボーイスカウトの宗教章をとるときも、京都の知恩院まで修行に連れて行ってくれました。
息子も高校時代、100日に及ぶ朝6時からの勤行に毎日行って無縁仏の掃除をしたり、お寺のお世話をすることはとても意味があったようで、人生観も変わったと言っていましたね。

何事も、素直に受け止めるか否かは自分自身にあるのでしょうね。

宗教を否定してると言うよりも、宗教団体に無関心な人が増えてると思います
思想自体は同意できることは多いんです
ただ、その組織中で利権集団の臭いを感じることで怖い集団だなということで逃げる感じです
政治をも動かす宗教団体ですからね
刃向かわないように、無関心でいたいですね
宗教的圧力=政治的圧力に現代人は恐怖を感じてると思います

宗教団体に恐怖を感じてるということで現代人は進歩してると思います
本来、宗教はあらゆる存在に意味を見出し、あらゆる存在に哲学、宗教があると考えてる思います
科学にも目の前にあるパソコンにも言葉では表現できない宗教や哲学があると思います

言葉だけでなくありとあらゆるものに存在価値がる
それを宗教は教えてくれてると思います
それは大自然や宇宙であり特定の宗教ではありません
現代人は特定の宗教に入らないということで、皆さん宗教を自分自身の中に持ってると思います
現代人には価値がある
きっと現代人は素晴らしい未来を創る
そう思いたいです
ありとあらゆるものに存在価値があり、ありとあらゆるものから教わることがある   ですね

ppさんいらっしゃい!
ファウストは深いですよ。
悪魔メフィストフェレスが、己を「光輝く神の一部である」と名乗り、悪こそ善の存在のためには必要と説く。
また、「法律や制度というものは、永遠の病気のように遺伝して、ずるずるべったりに親から子、子から孫へと伝えられ、国から国へとおもむろに移り動いて行く。その間には、正は邪となり、善は悪となる」
これが200年も前に書かれたことですよ。
人間はなにも進歩していない。
科学技術は進んだかもしれないけど、科学は所詮「ノウハウ」しか教えないんですよ。
あらゆる存在に意味を見出すのは「宗教」しかない。
その宗教を否定してる日本人はなにを信じていいのかわからない。
文学や哲学はその迷いを救ってくれます。
日本にも古来、日本独自の哲学・・・それを文明と呼ぶならば、それはあったと思います。
不幸なのは、戦後それを否定する教育を受けていることでしょうね。
大変浅薄な、左翼的な思想がこの国を覆っている・・それがこの国の思想を外国人から見ると異様なものにしていると思います。

50歳以上になるまで全くと言っていいほど文学は読んでませんでした
読解力もなく、感動することもなかったですね
ほとんど音楽だけに感動させられ音楽ばかり聞いてました

そうですか、ゲーテのファウストは凄く深いんですね

芸術性、哲学 魂の一番深いところを覗くような
そんな作品を期待したいですね

ファナックやキーエンスや工作機械などは外人さんも注目しているみたいですが、芸術性や哲学はどうなんでしょう?
ソフトバンクの孫さんには感謝してます
こうやってネットで社長の修さんにも出会えました

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