悲しみとは病気にほかならず、だからこそあれこれ理屈など考えず、病気として我慢しなければならない。

-[1868-1951] フランスの哲学者 アラン(本名エミール=オーギュスト・シャルティエ)『幸福論』より-

父が腰の手術で今日手術をした。

これで右足の痛みから解放されればいいのだけれど、なんせ生まれてはじめて入院というものを経験するので、そのうろたえようは尋常じゃなかった。

亡くなった母は、6年もの闘病生活を経験し、大変な苦しみを経て亡くなったんだけど、ある意味肝がすわってた。

死の覚悟もしており、まったく取り乱すこともなく死を享受した。

しかし父のこの情けなさこそまさに、男と女の差なんだろうなあ・・。

 

しかし・・眠った顔を見ていると歳をとったなあ・・。

顔を見ているとなんか悲しくなってきた。

父も一人暮らしが10年になる。掃除洗濯、食事の支度も、日曜大工もすべて一人でこなしてる。

こんな人はあまりいないだろうな。

この半年、腰の神経が原因の下半身のしびれや痛みに悩まされていたけれど、これで治ってくれることを祈っている。

 

本当に息子ってのは無力だな・・・って思う。心の中ではすまないと思いつつ・・・素直になれない自分がいる。

 

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コメント(6)

廣田くんいらっしゃい。
おかげで父は手術も無事に終わり、勝手に病院内をうろうろしてて元気そのものです。
はやくハーレーに乗りたいなどと言っております。
しかしお母様のおっしゃられることはとてもよく理解できます。

僕は10年前に肝臓がんで母を亡くしました。病院の医師・スタッフの皆さまは本当によくやってくれました。
おかしなことですが、なんの目立ったところもない普通のおばさんにここまでしてくれるのかと感動したくらいです。
僕はあれ以来、医療に対する見識が変わりました。
あの厳しい環境で医師も看護士もスタッフもじつによくやってくれている。
たまたま事務スタッフに知り合いがいたのですが、高額医療の還付制度のことも丁寧に説明してくださり、医療の世界から「ホスピタリティ」という概念が生まれたのは当然だと思いました。

しかし、その母ですら「延命治療」を望みませんでした・・・しかし、それをやめるわけにもいかず苦しんで苦しんで顔をゆがめながら「幸せだった」と言い残して亡くなりました。
現場のスタッフの少しでも延命をという思いと、患者本人による意志の尊重は重要な問題だと思います。

私の両親はありがたいことにまだ健康なのですが、母に頼まれていることがあります。それは自分に意識がなくなったとき、生命維持装置の類を装着するなと。
私の父は医者です。そこでお父さんは私に装置をつけようとするから、私にそれを阻止する役目を頼むと。

初めて言われたのはもう5年以上前でしょうか。それ以来健康の話になると繰り返しその話をします。

最初はそんな決断を私に振られても困る思いでしたが、いまは母の気持ちが十分理解できるようになりました。

横で医者としての義務を果たすことを信条としていた父も、いまは尊厳というものを受け入れる気持ちになっています。

いつか、その時が来る。悲しみは当然でしょうが、感謝の涙が流れるように思います。

なんかテーマから外れました。

松さんおはようございます!
父の症状そのものは、そうたいしたことないんですよ。
ヘルニアのようなものです。

本当に息子ってのはこういうとき役にたたないなあ・・って思いましたねえ。

Peace4Uサマ、直球ですいません。
父の初めての入院と、歳をとったことの実感の素直な印象だったんです。
たぶん・・・同じ経験をされますよ。

「悲しみとは、、、病気として我慢しなければならない」か、、、。
こんな直球なのは、修サマの一言では珍しいような気がします。
なかなかコメントできなく、不出来な弟子ですみません。

お父様、お大事になさってください。

修さん こんにちは!

お父さん入院されたんですか? 心配でしょうが、しっかり治療されて元気に成られる事を念じてます。

私も父の入院経験しましたが、結局なんにも出来ずじまいで 今の修さんと全く同じ事を思ってましたよ。

父親と息子なんて やっぱり、なんかそんなものなんでしょうね~

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